スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
吉川 結衣(よしかわ ゆい、2001年 - )は、日本の小説… 吉川 結衣(よしかわ ゆい、2001年 - )は、日本の小説家。岐阜県生まれ。 小学生のときから小説を書きはじめる。岐阜県立大垣北高等学校卒業。2020年4月に愛知淑徳大学創造表現学部創造表現学科創作表現専攻に進学し、2024年3月に卒業。2024年4月より同大学大学院文化創造研究科文化創造専攻創作表現専修博士前期課程に進学した。文芸評論家の清水良典に学んだ。 高校在学中の2018年3月、「ブラジル人のミラクルビラ配り」で田辺聖子文学館ジュニア文学賞(小説部門)高校生の部受賞。同年5月、投稿作「赤とんぼ」が第1回文芸社文庫NEO小説大賞で大賞(第1席)を受賞し、同作を改題した『あかね色の空に夢を見る』で2019年1月に小説家デビューした。
町野 友哉(まちの ともや、1997年3月16日 - )は、… 町野 友哉(まちの ともや、1997年3月16日 - )は、岐阜県大垣市出身の元アメリカンフットボール選手。ポジションはオフェンシブライン(OL)。 小学1年生で野球を始めた。岐阜県立大垣北高等学校時代は一塁手を務め、2016年の夏の甲子園岐阜予選では四番打者としてチームをベスト8に導いた。現役で京都大学工学部工業化学科入学後にアメリカンフットボールを始める。2018年、大学世界選手権の日本代表に選出される。2019年、7月にXFLのトライアウトを受験し、10月にはNFLのインターナショナルコンバインに参加した。2020年に大学を卒業し、富士通フロンティアーズに入団する。 2021年4月15日、2021CFLグローバルドラフト(英語版)にてCFLのウィニペグ・ブルーボマーズから2巡15位で指名を受け、入団。
中山 咲(なかやま さき、1989年8月16日 - )は、日… 中山 咲(なかやま さき、1989年8月16日 - )は、日本の小説家。岐阜県出身。 2006年、岐阜県立大垣北高校3年生の時に「ヘンリエッタ」で第43回文藝賞受賞。中学校時代から小説を書き始め、高校でも文芸部に所属していた。朝井リョウは高校の1つ下の学年である。その後、京都大学文学部に進学し卒業。
朝井 リョウ(あさい リョウ、男性、1989年5月31日 -… 朝井 リョウ(あさい リョウ、男性、1989年5月31日 - )は、日本の小説家、ラジオパーソナリティ。2013年、『何者』で第148回直木三十五賞受賞。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少(23歳)である。2026年には『イン・ザ・メガチャーチ』で第23回本屋大賞を受賞した。 岐阜県不破郡垂井町出身。岐阜県立大垣北高等学校、早稲田大学文化構想学部卒業。 2009年、同大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、2012年には同作が映画化された。同年、『もういちど生まれる』で第147回直木三十五賞候補。 2011年、『チア男子!!』で第3回高校生が選ぶ天竜文学賞受賞。
愛あむ(あいあむ、1987年6月4日 - )は、日本のYou… 愛あむ(あいあむ、1987年6月4日 - )は、日本のYouTuber、タレント、イラストレーター、デザイナー。岐阜県出身。アドヴァンスプロダクション所属→フリー。JAPAN MENSA会員。 1987年、岐阜県に生まれる。2003年に岐阜県立大垣北高等学校に入学。理数系クラスに在籍。中学から継続して6年間、陸上部に在籍した。専門競技は走り高跳び。2010年に武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業後、女性向けの雑貨ブランドメーカーに就職。デザイナーとして勤務する。2012年2月より、フリーでイラストレーター兼タレントとして、ネットテレビ番組や雑誌を中心に活動を開始。その後2012年10月より、アドヴァンスプロダクションに所属→2014年からフリー。
鈴木 善貴(すずき よしたか、1980年11月20日 - )… 鈴木 善貴(すずき よしたか、1980年11月20日 - )は、日本の元テレビプロデューサー・テレビディレクター・演出家。フジテレビジョン元編成総局バラエティ制作局バラエティ制作センターバラエティ制作部企画担当部長。『ホンマでっか!?TV』『さんまのお笑い向上委員会』『アウト×デラックス』『ぽかぽか』を手掛けた。岐阜県大垣市出身。同志社大学経済学部卒業。 岐阜県大垣市出身。大垣北高等学校、同志社大学経済学部卒業後、2003年フジテレビジョン入社。 入社後、初めて携わった番組は『トリビアの泉』。チーフADを務めていた『お台場明石城』では、先輩ディレクターが提案した企画に首をかしげていたところを明石家さんまに見られてしまい、それから番組で毎週のようにプレゼンすることになった。
佐野 拓水(さの たくみ、1975年10月17日 - )は関… 佐野 拓水(さの たくみ、1975年10月17日 - )は関西テレビ(KTV)の社員で、制作局制作部プロデューサー、2008年7月までは本社制作局制作部ディレクター、2011年3月までは、東京編成制作局東京制作部アシスタントプロデューサー、同年4月からは、編成制作局制作センタープロデューサー兼ディレクター。
西野 嘉之(にしの よしゆき、1974年〈昭和49年〉 - … 西野 嘉之(にしの よしゆき、1974年〈昭和49年〉 - )は、産業能率大学客員教授。専門は電気工学。学位は博士(工学)。日本の経営者。岐阜県出身。 2001年、慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了、博士(工学)の学位を取得。2001年起業。e-learningシステム、医療システム等を開発。企業価値検索サービス「Ullet(ユーレット)」を開発。また、企業分析などをPRESIDENT等雑誌連載、ラジオNIKKEIで放送し、同時に企業経営者向け大学等などで多数講演を行っている。(株)図研ネットウエイブ((株)図研グループ)取締役、タック株式会社(イビデングループ)技術顧問を歴任。 "A Large Scalable Knockout Dilated Banyan Multicast ATM Switch」,GLOBECOM'99 1999
横川 真澄(よこがわ ますみ、1973年(昭和48年)1月3… 横川 真澄(よこがわ ますみ、1973年(昭和48年)1月30日 - )は、日本の政治家。岐阜県海津市長(2期) 岐阜県海津郡平田町(現・海津市)出身。岐阜県立大垣北高等学校を経て、1995年3月、立命館大学理工学部卒業。同年4月、岐阜県庁入庁。2008年4月、在ブリスベン日本国総領事館領事。 2021年、海津市長選挙で初当選。 2025年4月20日に告示された海津市長選挙に立候補した。自民、立憲民主、公明、国民民主の各党が推薦。4月27日の投開票では新人を破って再選した。※当日有権者数:26,501人 最終投票率:58.51%(前回比:+7.71pts)
栗田 穣崇(くりた しげたか、1972年5月9日 - )は、… 栗田 穣崇(くりた しげたか、1972年5月9日 - )は、日本の経営者。iモードの立ち上げメンバーで、携帯電話の絵文字(iモード絵文字など)の開発者。 現在は株式会社ドワンゴ取締役兼ニコニコ代表、株式会社カスタムキャスト取締役。岐阜県大垣市出身。 1991年、岐阜県立大垣北高等学校を卒業。1995年、専修大学経済学部を卒業し、NTTドコモに入社、コンテンツ開拓担当課長を務めた。2000年からはドコモ・ドットコムに出向し、チーフクリエイティブオフィサーを務めた。2004年からは楽天株式会社に出向し、楽天オークション企画・マーケティング部長を務めた。その後、ぴあ株式会社セールスプロモーション局次長、株式会社バンダイナムコゲームスネットサービス推進部ゼネラルマネージャー、株式会社ドワンゴ執行役員、株式会社テクテック取締役、株式会社大百科ニュース社取締役、株式会社ドワンゴ取締役などを歴任し、2017年12月、niconico運営責任者に就任。
広瀬 裕樹(ひろせ ゆうき、1971年7月 - )は、日本の… 広瀬 裕樹(ひろせ ゆうき、1971年7月 - )は、日本の法学者。愛知大学法学部教授。愛知大学学長。学位は、修士(法学)(名古屋大学)。専門は、保険法・商法。2013年より愛知大学教育研究支援財団理事。 1971年7月岐阜県大垣市にて出生、1978年4月大垣市立静里小学校に入学、1984年4月大垣市立西部中学校に入学、1987年4月、岐阜県立大垣北高校に入学、1991年4月名古屋大学法学部に入学、1995年に名古屋大学法学部を卒業、同大学大学院法学研究科に入学し、商法、保険法の研究を始める。 2002年に愛知大学法学部に専任講師として就任。准教授を経て2010年に教授に昇格。2019年より法学部長を担当。
小堀 哲夫(こぼり てつお、1971年 - )は、日本の建築… 小堀 哲夫(こぼり てつお、1971年 - )は、日本の建築家。日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部理事。日本建築学会(AIJ)会員。法政大学教授。一般社団法人steAm BAND理事。 1997年、株式会社久米設計入所。久米設計時代、日経ニューオフィス賞経済産業大臣賞、日本建築学会作品選奨、BCS賞、グッドデザイン賞など数々の賞を受賞している。その後独立し、現在、株式会社小堀哲夫建築設計事務所主宰。法政大学教授、名古屋工業大学非常勤講師、梅光学院大学客員教授。代表作に「ROKI Global Innovation Center-ROGIC-」、日華化学「NICCA INNOVATION CENTER」梅光学院大学 「CROSSLIGHT」などがある。
竹中 誉(たけなか ほまれ、1970年(昭和45年)7月7日… 竹中 誉(たけなか ほまれ、1970年(昭和45年)7月7日 - )は、日本の政治家。岐阜県池田町長(1期)。 池田町立八幡小学校、池田町立池田中学校、岐阜県立大垣北高校を経て、1995年に大阪大学法学部を卒業。大学卒業後は大垣共立銀行に入行した。2003年、プルデンシャル生命保険に入社。 新人2人が立候補し、池田町としては12年ぶりの町長選挙となった2023年1月29日投開票の池田町長選挙に無所属新人として出馬するも、現職で6選目を目指す岡崎和夫に及ばす次点で落選。 ※当日有権者数:18,886人 最終投票率:58.29%(前回比:pts) 女性職員に対するセクシャルハラスメント認定により辞職した岡崎和夫の後任を決める、2024年6月9日投開票の池田町長選挙に無所属新人として立候補。
中村 航(なかむら こう、1969年11月23日 - )は、… 中村 航(なかむら こう、1969年11月23日 - )は、日本の小説家・作詞家・音楽プロデューサー・実業家。岐阜県大垣市出身。VTuber事務所「Mi→RiSE」代表、ステキコンテンツ合同会社代表も務める。 大垣市立北中学校、岐阜県立大垣北高等学校、芝浦工業大学工学部工業経営学科卒業。10代の頃はバンド活動をしており、歌詞や曲の創作活動が好きだった。卒業後、メーカー(公式サイトではF写真光機と記されている)に就職し、エンジニアとして働く。27歳の時にバンドを辞めたため時間を持て余し、友人に勧められて小説を書きはじめる。執筆活動に専念するため、1999年、29歳の時に退社。執筆することを中心に考え、合間に塾で勉強を教えたり、引っ越しをするなど、とにかく生活を変えていた。
野村 美穂(のむら みほ、1969年〈昭和44年〉5月8日 … 野村 美穂(のむら みほ、1969年〈昭和44年〉5月8日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の衆議院議員(1期)。 岐阜県議会議員(5期)を務めた。 岐阜県大垣市生まれ。大垣市立南小学校、大垣市立南中学校、岐阜県立大垣北高等学校を経て、東海女子大学(現:東海学院大学) 文学部英米文化学科卒業。在学中に英語奨学生として英国に留学した。1994年の卒業後はサンゲツに入社。1998年に同社退職後は民主党に入り、同党岐阜県第2区総支部で勤務する。2004年に同総支部を退職後は、大垣市立東中学校にて常勤講師として勤務。同校退職後の2007年、岐阜県議会議員選挙において大垣市選挙区(大垣市・神戸町)から初当選。
風船太郎(ふうせんたろう、1968年7月13日 - )は、岐… 風船太郎(ふうせんたろう、1968年7月13日 - )は、岐阜県揖斐郡池田町出身の大道芸人である。本名は香田 英一(こうだ えいいち)。 岐阜県立大垣北高等学校を卒業後、静岡大学工学部機械工学科に進学。静岡大学在学中にワーキング・ホリデー制度でカナダへ行った際にジャグリングと出会う。大学卒業後、サラリーマン等の職歴を経て、2000年4月に大道芸人Ichiとして活動を開始し、2003年10月に現在の芸名に改名した。2005年2月に揖斐郡池田町に有限会社風船太郎を設立(2020年3月9日に株式会社化)、現在は[いつ?]愛車の風船太郎号で仕事に駆けつけ、パフォーマンス等を行うほか、バルーンデコレーション等の風船を使った演出等も行っている。
イシコ(いしこ、ishiko、本名:石原 英一(いしはら ひ… イシコ(いしこ、ishiko、本名:石原 英一(いしはら ひでかず)、1968年6月20日 - )は岐阜県出身のエッセイスト、旅行作家、パフォーマンスアーティスト、政治家、男性。
神保 絵利子(じんぼ えりこ、1968年4月3日 - )は、… 神保 絵利子(じんぼ えりこ、1968年4月3日 - )は、岐阜新聞社の記者で、同社統合編集局クロスメディア担当部長。岐阜放送(ぎふチャン)の元アナウンサー。 岐阜県大垣市出身。出身校については明言されていないが、2010年代に愛知学院大学岐阜県同窓会の理事およびパネルディスカッションのコーディネーターを務めていたことがある。 岐阜放送のアナウンサーを務めた後、同局と岐阜新聞社の相互人材交流の一環として、2009年4月から岐阜新聞社に出向。以後は同社で記者を務めている。また「岐阜新聞 記者」の肩書で、ぎふチャンラジオ2019年10月の番組改編とともにスタートした『週刊ラジオ 聴く新聞』のパーソナリティを務めている。
松原 浩(まつばら ひろし、1968年 - )は、日本のテレ… 松原 浩(まつばら ひろし、1968年 - )は、日本のテレビドラマディレクター、演出家、テレビプロデューサー。TBSテレビプロデューサーを経て、日テレアックスオンに移籍し、日本テレビ放送網プロデューサーに出向。 岐阜県出身。岐阜県立大垣北高等学校を経て、一橋大学社会学部卒業。TBSでドラマ『高校教師』や『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』など、野島伸司脚本作品を多く担当。TBSテレビ制作局制作一部プロデューサーを経て、2010年から日テレアックスオンに所属し、のち日本テレビ放送網に出向。
古田 啓昌(ふるた よしまさ、1966年 - 2021年)は… 古田 啓昌(ふるた よしまさ、1966年 - 2021年)は、日本国及びニューヨーク州弁護士。アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。岐阜県養老郡養老町出身。 祖父が地元選出の国会議員の後援会幹部をしていたことも影響し、当初は政治家を志望していたという。自分の周りに政治家がいなかったため、まずは官僚になろうと東京大学に入学。樋口陽一の憲法や塩野宏の行政法のゼミを履修していた。大学卒業後は自治省に入省するも、1年で辞め、弁護士となった。政治家になるための前段として自治省に入省したが、前例踏襲の慣習が合わなかったという。 国際的な商事の訴訟や仲裁を得意とする。蝶ネクタイがトレードマーク。在外日本人選挙権訴訟の原告側弁護団にも参加した。
三和 裕美子(みわ ゆみこ、1965年10月12日 - )は… 三和 裕美子(みわ ゆみこ、1965年10月12日 - )は、日本の経営学者。 明治大学商学部教授。明治大学ESG投資研究所所長、明治大学株価指数研究所所長、エーザイ取締役、ピジョン取締役等を歴任。 岐阜県生まれ。1984年岐阜県立大垣北高等学校卒業。1988年南山大学卒業、野村證券入社。1993年同志社大学大学院アメリカ研究科修士課程修了。1996年大阪市立大学(現大阪公立大学)大学院経営学研究科博士後期課程単位取得退学。1998年博士(商学)。 1996年明治大学商学部専任助手。1997年明治大学商学部専任講師、コーポレート・ガヴァナンス・フォーラム運営委員。2000年明治大学商学部助教授。
土本 英樹(つちもと ひでき、1961年11月12日 – )… 土本 英樹(つちもと ひでき、1961年11月12日 – )は、日本の防衛官僚。 岐阜県安八町出身、岐阜県立大垣北高等学校を経て、京都大学経済学部卒業。 イラク戦争後、イラクのサマーワに駐在した。 1986年 防衛庁入庁 経理局会計課 2003年 長官官房企画官 2004年 運用局運用企画課緊急事態対処企画室長(兼)陸上自衛隊イラク復興業務支援隊(在サマーワ) 2005年 長官官房企画官(兼)文書課企画室長 2006年 人事教育局人事制度課長 2008年 防衛研究所総務課長 2009年 警察庁長官官房参事官(教養担当) 2011年 大臣官房訟務管理官 2012年 運用企画局事態対処課長 2013年 内閣府国際平和協力本部事務局次長 2015年 南関東防衛局長 2016年 大臣官房審議官 2018年 防衛装備庁装備政策部長 2019年 大臣官房審議官 2020年 整備計画局長 2022年 防衛装備庁長官 2023年 防衛省顧問
高木 桂一(たかぎ けいいち1961年 - )は、1990 … 高木 桂一(たかぎ けいいち1961年 - )は、1990 - 2010年代に活動した日本の産経新聞記者である。 岐阜県生まれ。岐阜県立大垣北高等学校、早稲田大学法学部卒業。都市銀行勤務を経て、1991年、産経新聞社に入社。産経新聞モスクワ特派員、政治部記者、政治部編集委員、長野支局長、那覇支局長を経て2018年2月16日より編集局付(経緯については次節で詳述)。2019年4月末、退社。同年10月から日本維新の会で専従職員(政務調査会)。 産経新聞在職中には大型企画連載「やばいぞ日本」にも携わる。 2017年3月22日、宮古島市議・石嶺香織について「自衛隊差別発言の石嶺香織・宮古島市議、当選後に月収制限超える県営団地に入居」と題する記事を執筆。
雨宮 秀彦(あめみや ひでひこ、1960年(昭和35年)6月… 雨宮 秀彦(あめみや ひでひこ、1960年(昭和35年)6月25日 - )は、日本のテレビ演出家、テレビディレクターでWEBディレクター。日本テレビ放送網情報・制作局エグゼクティブディレクターを務めた。 裏ワザ動画を配信するYouTubeチャンネル「裏ワザ倶楽部」代表。クリエイター養成スクール「雨宮秀彦 動画クリエイタースクール」代表。読売理工医療福祉専門学校TVディレクター学科非常勤講師。東京2020公式ライブ配信番組『2020 FAN TV』総合演出。三宅健YouTubeチャンネル「健ちゃんの食卓」企画、演出、出演。 1983年、日本テレビ(現・日本テレビホールディングス)に入社。『11PM』『アメリカ横断ウルトラクイズ』『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』などのディレクターを経て、1994年に『嗚呼!バラ色の珍生!!』、1997年に『伊東家の食卓』を企画・演出。
吉田 邦彦(よしだ くにひこ、1958年7月25日 - )は… 吉田 邦彦(よしだ くにひこ、1958年7月25日 - )は、日本の法学者。専門は民法。博士(法学)(東京大学)。中国・広東外語外貿大学法学院・雲山特別教授(雲山資深教授)。南京師範大学兼職(客座)教授。青島・国際仲裁委員。星野英一門下。 民法学、もともとは債権総論ないし不法行為が専門だが、法理論研究に関心を持ち、とくに日米比較を通じて、批判法学の見地から、民法全般の諸種の領域の研究を行う。恩師は、星野英一でその利益考量論の影響力は大きいが、他方で、平井宜雄との学問的繋がりも強い。 債権総論、特に(第三者の)債権侵害領域から研究を始め、《契約の対第三者保護》という観点が欠落していたことを初めて指摘し、二重譲渡、引き抜き、不正競争などその後の具体的類型研究の基礎を築き、取引的不法行為の分野のパイオニア研究を行った。
山内 登(やまうち のぼる、1957年(昭和32年)9月3日… 山内 登(やまうち のぼる、1957年(昭和32年)9月3日 - )は、日本の政治家、警察官。岐阜県下呂市長(2期)。 岐阜県大垣市出身。岐阜県立大垣北高等学校卒業。1980年(昭和55年)3月、立教大学経済学部経営学科卒業。同年4月、岐阜県警察に採用される。1991年(平成3年)から1996年(平成8年)まで外務省に出向し、ニカラグア大使館やバルセロナ総領事館に勤務した。 2015年(平成27年)から2016年(平成28年)まで下呂警察署長を務めた。2018年(平成30年)、定年退職。 2019年(令和元年)12月9日、任期満了に伴う下呂市長選挙に立候補する意向を表明した。 2020年(令和2年)4月5日に告示された市長選挙は、新型コロナウイルス感染拡大のため講演や集会が開けず異例の選挙戦となった。
岡部 栄一(おかべ えいいち、1956年9月25日 - )は… 岡部 栄一(おかべ えいいち、1956年9月25日 - )は、日本の政治家。岐阜県揖斐川町長(2期)。元揖斐川町議会議員(1期)。 揖斐川町立清水小学校、揖斐川町立揖斐川中学校、岐阜県立大垣北高等学校卒業。名古屋大学経済学部卒業。揖斐川町役場に入庁し、総務課長、春日振興事務局長、広域連合事務局長、会計管理者などを歴任。2017年に揖斐川町議会議員に初当選。 2020年10月27日に告示、同年11月1日にに行われた町長選で、元揖斐川町議会議員の岩間誠と新人同士の一騎打ちを制し初当選。 ※当日有権者数:17,634人 最終投票率:65.02%(前回比:0.21pts) 任期満了に伴い、2024年10月22日に告示された町長選は、岡部以外の立候補者は無く、無投票での再選となる
山田 兼士(やまだ けんじ、1953年7月4日 - 2022… 山田 兼士(やまだ けんじ、1953年7月4日 - 2022年12月6日)は、日本のフランス文学者、評論家、詩人。妻は歌人の山下泉。 1953年、岐阜県大垣市生まれ。岐阜県立大垣北高等学校、関西学院大学文学部仏文科卒業。同大学院文学研究科博士課程満期退学。 1986年大阪芸術大学に着任し、2004年より教授。大阪文学学校講師。大阪文学協会理事。日本フランス語フランス文学会、日本近代文学会、京都フランス歌曲協会、中原中也の会、ボードレール研究会の会員。詩誌「別冊・詩の発見」主宰。高階杞一、四元康祐、細見和之らとともに季刊詩誌「びーぐる-詩の海へ」編集同人。 フランス近代詩を専門とするが、中原中也、福永武彦、小野十三郎、谷川俊太郎など日本の近現代詩人も研究対象とした。
小川 敏(おがわ びん、本名の読み:おがわ さとし、1950… 小川 敏(おがわ びん、本名の読み:おがわ さとし、1950年〈昭和25年〉11月15日 - )は、日本の政治家。元大垣市長(5期)。岐阜経済大学理事。 岐阜県大垣市出身。岐阜県立大垣北高等学校卒業。1974年(昭和49年)3月、東京大学法学部卒業。同年4月、伊藤忠商事に就職。 1980年(昭和55年)2月、伊藤忠商事を退職。同年4月、大垣市で家業(小川紙店)を継ぐ。以降、大垣市商工会、大垣市PTA連合会などで会長などを務める。 2001年(平成13年)3月3日、大垣市長の小倉満が在任中に死去。これに伴って行われた大垣市長選挙に立候補し初当選。以後5期務めた。 2021年(令和3年)2月、任期満了に伴う大垣市長選挙に立候補せず5期で退任する意向を示した。
稲葉 カヨ(いなば カヨ、1950年8月10日 - )は日本… 稲葉 カヨ(いなば カヨ、1950年8月10日 - )は日本の免疫学者。京都大学名誉教授。稲葉が免疫学の分野で特に知られているのは、米国の故ラルフ・スタインマン博士(樹状細胞の発見・研究)の指導を継続的に受けて業績を上げたことであった。 京都大学名誉教授。同大学在職中は男女共同参画担当理事・副学長、男女共同参画推進センター長など務めた。2024年10月時点で、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)監事(非常勤)を務めている。 岐阜県養老郡養老町出身。岐阜県立大垣北高等学校を経て、1973年に奈良女子大学理学部生物学科植物学専攻を卒業。1978年に京都大学大学院理学研究科生物学系動物学専攻博士課程を修了し理学博士の学位を取得。
成松 義文(なりまつ よしふみ、1950年6月30日 - )… 成松 義文(なりまつ よしふみ、1950年6月30日 - )は日本の実業家。ファンケル代表取締役社長や、同社相談役、日本健康・栄養食品協会評議員等を務めた。 岐阜県大垣市生まれ。岐阜県立大垣北高等学校を経て、1974年横浜市立大学商学部卒業、蛇の目ミシン工業入社。主に営業を担当し、ファンケルと蛇の目ミシン工業の提携後、ファンケル創業者池森賢二の誘いを受け、1993年ファンケルに入社。サプリメント事業の立ち上げなどにあたり、1999年ファンケル執行役員フード事業部長に就任。 2000年ファンケル取締役店舗販売事業部長に昇格。2002年ファンケル常務取締役第二営業本部長兼第二営業本部化粧品事業部長。
村瀬 清司(むらせ きよし、1946年11月25日 - 20… 村瀬 清司(むらせ きよし、1946年11月25日 - 2021年3月1日)は、元社会保険庁長官(在任期間:2004年7月23日 - 2007年8月31日)。 岐阜県出身。岐阜県立大垣北高等学校卒業、東北大学経済学部卒業。東北大学より経済学士の学位を取得。株式会社損害保険ジャパン代表取締役副社長を経て、社会保険庁改革の一環として民間人出身者として初となる社会保険庁長官に就任した。 2007年8月24日、柳澤伯夫厚生労働大臣は、村瀬と厚労省の辻哲夫事務次官をいずれも退任させ、後任にそれぞれ元総務省行政管理局長でNHK監事の坂野泰治、元内閣府事務次官で日興フィナンシャル・インテリジェンス理事長の江利川毅を充てる人事を発表。
矢橋 慎哉(やはし しんや、1946年 - )は、日本の実業… 矢橋 慎哉(やはし しんや、1946年 - )は、日本の実業家。矢橋工業会長を歴任。「先祖は嵯峨天皇の第12皇子で光源氏の実在モデルの有力候補とされる源融(みなもとのとおる)にまで遡る(アーカイブ)」矢橋家・本家の出身。大垣市功労章受章者。 1946年、矢橋次郎・絹の長男で矢橋工業社長の矢橋宗一・常子の長男として生まれる。1969年、日本長期信用銀行入行。1977年、矢橋工業入社。1979年、矢橋工業取締役。1982年、矢橋工業副社長。1988年、矢橋工業社長。2004年、多年、大垣市教育委員会委員長などとして、安全で快適な教育環境づくりに取り組み、大垣市の教育の振興に貢献し、また、矢橋工業株式会社取締役社長として、地域産業の発展に尽力したとして、大垣市功労章受章。
中西 重忠(なかにし しげただ、1942年1月7日 - )は… 中西 重忠(なかにし しげただ、1942年1月7日 - )は、日本の生化学者、分子神経科学者。京都大学名誉教授、大阪バイオサイエンス研究所所長。Gタンパク質共役受容体に関する世界的権威として知られる。岐阜県大垣市出身。2015年文化勲章受章。 沼正作と共に、多ホルモン前駆体の構造、遺伝子、進化に関する研究を発表して有名となり、「記憶のもと」と考えられるタンパク質のNMDA型グルタミン酸受容体の構造を世界で初めて解明した。 京都大学医学部の同期である本庶佑とは、学生時代からの親友であり、互いに切磋琢磨するライバル関係にある。2015年に中西が文化勲章を受章した際のインタビューでは、本庶について「学生時代、自分はあまり勉強しなかったが、中西君は非常に熱心に実験をしていた」という本庶側の回想に対し、中西は「お互いに『勉強は好きじゃない』と言い合いながら、自由な校風の中で自由にやらせてもらった」と語っている。
所 功(ところ いさお、1941年(昭和16年)12月12日… 所 功(ところ いさお、1941年(昭和16年)12月12日 - )は、日本の法学者、歴史学者、法制史学者。専門は日本法制史。学位は法学博士(慶應義塾大学・1986年)。京都産業大学名誉教授。公益財団法人モラロジー研究所教授(研究主幹)。麗澤大学比較文明文化研究センター客員教授。京都産業大学日本文化研究所客員教授。皇學館大学特別招聘教授。 岐阜県揖斐郡小島村野中(現・揖斐川町)生まれ。岐阜県立大垣北高等学校では稲川誠一の指導の下、歴史同好会を設立。1964年(昭和39年)に名古屋大学文学部史学科を卒業し、同年皇學館高等学校非常勤講師。1966年(昭和41年)に名古屋大学大学院文学研究科修士課程修了(文学修士・名古屋大学・1966年)。
川島 豪(かわしま つよし[要出典]、1941年5月1日 -… 川島 豪(かわしま つよし[要出典]、1941年5月1日 - 1990年12月9日)は、新左翼活動家。日本共産党(革命左派)神奈川県委員会議長。岐阜県大垣市出身。 癌で死去。1990年12月9日 1960年、岐阜県立大垣北高等学校卒業、岐阜大学入学。60年安保闘争に参加。1962年、東京水産大学に再入学。1964年に大学自治会会長に就任。党派としては社学同マル戦派に属していたが、大学卒業後、社学同ML派議長だった河北三男と「警鐘」グループを結成する。 「警鐘」はやがて毛沢東思想を掲げるようになり、1968年には日本共産党(左派)神奈川県委員会に合流するが、武装闘争に否定的な左派党員とは意見が合わず、河北・川島らは1969年3月に分裂し日本共産党(革命左派)神奈川県委員会を結成する。
猫田 孝(ねこた たかし、1940年4月8日 - )は、日本… 猫田 孝(ねこた たかし、1940年4月8日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の岐阜県議会議員(14期)。自由民主党岐阜県連会長代行。岐阜県政界に強い影響力を持ち、『岐阜のドン』とも呼ばれる。 岐阜県立大垣北高等学校、中央大学文学部卒業後、岐建株式会社(建設会社)に入社。1974年5月の岐阜県議会議員大垣市選挙区補欠選挙で初当選し、以後、14期連続当選。1989年には衆院選への立候補を目指したが、断念した。2003年6月には自由民主党岐阜県連幹事長に就任。 猫田の名を全国的に有名にしたのは2005年の郵政解散総選挙であった。当時の小泉純一郎首相は、郵政民営化法案の採決で造反した議員を公認せず、「刺客」候補を擁立すると決定。
立川 敬二(たちかわ けいじ、1939年5月27日 - )は… 立川 敬二(たちかわ けいじ、1939年5月27日 - )は、日本の実業家。学位は、工学博士(東京大学・論文博士・1982年)。独立行政法人宇宙航空研究開発機構理事長(第2代)・NTTアメリカ最高経営責任者・エヌ・ティ・ティ移動通信網株式会社代表取締役社長・株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ代表取締役社長などを歴任。2017年4月旭日重光章受章。 岐阜県大垣市に生まれる。岐阜県立大垣北高校卒業。1962年3月、東京大学工学部電気工学科を卒業後、日本電信電話公社に入社。 1977年にマサチューセッツ工科大学に留学し、翌年経営学部の修士コースを修了する。1982年には、工学博士(東京大学)の学位を受ける。
清水義之(しみず よしゆき、1932年7月21日 - 201… 清水義之(しみず よしゆき、1932年7月21日 - 2014年5月4日)は、日本の実業家。株式会社十六銀行前代表取締役会長・顧問、前岐阜商工会議所(岐商)会頭、元中部経済連合会(中経連)副会長。 父は、後に助役を経て第9代大垣市長(在任1974年~1975年)となる清水正之。前任頭取の高橋順吉は父親の従兄弟。 ちなみに、後に大垣共立銀行頭取となる外村次郎は旧制大垣中学校(現岐阜県立大垣北高等学校)での先輩、同じく後に日銀を経て岐阜銀行頭取となる花田実は、名古屋大学経済学部・塩野谷九十九ゼミの一年先輩にあたる。塩野谷ゼミでは経済学者・飯田経夫と同級生で、飯田は晩年、十六銀行社外監査役に就任する。
小倉 満(おぐら みつる、1932年(昭和7年)5月5日 -… 小倉 満(おぐら みつる、1932年(昭和7年)5月5日 - 2001年(平成13年)3月3日)は、昭和から平成前期の実業家、政治家。大垣市長(4期)。大垣市名誉市民。
山田 昭男(やまだ あきお、1931年(昭和6年)10月7日… 山田 昭男(やまだ あきお、1931年(昭和6年)10月7日 - 2014年(平成26年)7月30日)は、日本の実業家、演出家。未来工業の創業者。 1931年(昭和6年)、中国上海に生まれる。1948年(昭和23年)、旧制大垣中学校(現在の岐阜県立大垣北高等学校)を卒業。岐阜県を拠点に演劇活動を行い、劇団「未来座」を設立。1965年(昭和40年)、劇団の仲間とともに建設用電設資材メーカーである未来工業を設立し、同社社長となる。1991年(平成3年)には同社を名古屋証券取引所市場第二部へ上場させる。2000年(平成12年)に同社相談役。 若き日の演劇活動の経験から、休日を増やし生産性を向上させる仕組みづくりなど、企業活動でもユニークな方針を打ち出してきたことで知られる。
野原 敏雄(のはら としお、1930年8月31日 - )は、… 野原 敏雄(のはら としお、1930年8月31日 - )は、日本の経済地理学者、中京大学名誉教授。生活協同組合運動に従事したことでも知られる。 愛知県名古屋市に生まれ、育つが、旧制中学1年を終えて、岐阜県に疎開する。旧制中学5年を終えたところで家庭の事情により学業を断念し、しばらく家業の手伝いなどをするが、やがて愛知県教育委員会事務局にあった教育文化研究所に事務員として勤めるようになり、逆コースの時期の教育現場の雰囲気に触れる。新制高校卒業の認定試験を受け、岐阜県立大垣北高等学校卒業の資格を認定され、名古屋大学文学部に学んだ。在学中には自主的に歴史研究会を組織するが、現代農村への関心から、3年次には地理学科へ進学した。
浅野 拡(あさの ひろむ、1927年1月2日 - 1981年… 浅野 拡(あさの ひろむ、1927年1月2日 - 1981年5月15日)は、日本の政治家。位階は正五位、勲等は勲三等。参議院議員(1期、自由民主党)。 岐阜県安八郡輪之内町生まれ。岐阜県立大垣中学校、名古屋工業専門学校を経て、1951年(昭和26年)、早稲田大学商学部卒業。大学在学中は、雄弁会に所属し、幹事長(会全体の責任者)を務める。学卒業後は、平野力三衆議院議員の秘書を務める。1954年、三野工業株式会社を設立。 1962年、輪之内町長選に当選。1963年に岐阜県議会議員に当選し、以後4期連続当選する。1973年に県議会副議長、1976年に県議会議長に就任する。 1977年、第11回参議院議員通常選挙で岐阜県選挙区から自民党公認で立候補し、初当選。
原 乙彦(はら おとひこ、1925年1月1日 - )は、日本… 原 乙彦(はら おとひこ、1925年1月1日 - )は、日本の実業家。「先祖は嵯峨天皇の第12皇子で光源氏の実在モデルの有力候補とされる源融(みなもとのとおる)にまで遡る(アーカイブ)」矢橋家・本家の出身。大日本紡績(ユニチカの前身)が第二次世界大戦後における海外進出の一番手として名乗りをあげた際にサンパウロ現地において準備にあたった。元ユニチカ通商 (現・ユニチカトレーディング) 社長。 1925年、美濃赤坂にて、父・矢橋次郎と母・絹の三男として生まれる。矢橋家は美濃赤坂の旧家・素封家で、一族で赤坂銀行(現・十六銀行赤坂支店)などを経営していた。乙彦は大垣中学校から関西学院大学予科へ進む。1948年関西学院大学商経学部卒業。
伊藤 ていじ(いとう ていじ、本名:伊藤 鄭爾、1922年〈… 伊藤 ていじ(いとう ていじ、本名:伊藤 鄭爾、1922年〈大正11年〉1月11日 - 2010年〈平成22年〉1月31日)は、日本の建築史家・建築評論家・作家。学位は、工学博士。日本の民家研究を行った。 工学院大学学長および理事長。ワシントン大学客員教授、文化財保護審議会委員、文化財建造物保存技術協会理事長などを歴任。 岐阜県安八郡北杭瀬村(現・大垣市)生まれ。旧制大垣中学校を卒業し、第四高等学校に入学。1942年に同校を卒業し、東京帝国大学第二工学部建築学科に進学。1945年に卒業後、東京大学第二工学部大学院で関野克に師事。同大学副手・助手になるが肺結核が悪化し、7年間の入院生活を強いられる。
井田 正孝(いだ まさたか、1912年(大正元年)10月5日… 井田 正孝(いだ まさたか、1912年(大正元年)10月5日 - 2004年(平成16年)2月6日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍中佐。後に旧姓・岩田に復した。 1912年(大正元年)10月、岐阜県不破郡関原村にて野砲兵第18聯隊附岩田富士太郎砲兵少佐(のち砲兵大佐、陸士9期)の四男として生れる。岐阜県大垣中学校を経て、1929年(昭和4年)4月に陸軍士官学校予科に合格する。1933年(昭和8年)7月には、陸軍士官学校本科(45期)を卒業。卒業序列は皇族(孚彦王)・公族(李鍝公)を除いて6番/335名という優秀なものだった。同年10月、砲兵少尉に任官し野戦砲兵第1聯隊附となる。同聯隊には、終戦時に宮城事件の首謀者となる畑中健二(46期)も所属していた。
守屋 多々志(もりや ただし、1912年(大正元年)8月10… 守屋 多々志(もりや ただし、1912年(大正元年)8月10日 - 2003年(平成15年)12月22日)は、岐阜県大垣市出身の日本画家。本名は守屋 正(もりや ただし)。元愛知県立芸術大学教授。文化功労者。文化勲章受章。 1912年(大正元年)、岐阜県大垣市船町の味噌たまり製造元「四代目孫八」の四男(11人兄弟の8番目)として生まれる。生後100日目、分家守屋貞吉(大垣市桐ヶ崎町の米穀商)へ養子に出される。1930年(昭和5年)、岐阜県立大垣中学校(現:岐阜県立大垣北高等学校)を卒業。上京し、同郷の前田青邨に師事。1931年(昭和6年)、東京美術学校(現:東京藝術大学)日本画科に入学。在学中に特待生となる。
細野 武男(ほその たけお、1912年6月28日 - 199… 細野 武男(ほその たけお、1912年6月28日 - 1994年9月19日)は、日本の法学者。専門は法社会学。学校法人立命館総長・立命館大学学長、京都橘女子大学学長など歴任。 岐阜県揖斐郡揖斐町(現・揖斐川町)出身。旧制松本高文科甲類在学中から農民運動・教育運動に参加。治安維持法違反での検挙歴(1933年、二・四事件)がある。1934年、東京帝国大学文学部社会学科に入学し、理論社会学を専攻。卒業論文テーマは「ジンメルの貨幣哲学」であった。 大学卒業後、東洋経済新報社に入社するが石橋湛山と衝突し退社。その後、財団法人日本貿易振興協会日本貿易研究所に入所し米国経済史の研究に注力。しかし同研究所もまもなく閉鎖され、1947年兵庫県立労働研究所に移籍。
磯貝 正義(いそがい まさよし、1912年5月25日 - 2… 磯貝 正義(いそがい まさよし、1912年5月25日 - 2008年7月25日)は、日本の歴史学者。山梨大学名誉教授。山梨県立考古博物館初代館長、武田氏研究会会長、山梨県史編さん委員会委員長。専門は日本古代史。 岐阜県土岐郡時村(瑞浪市土岐町)に、父・磯貝謙造、母・操の長男として生まれる。磯貝家は岩村藩大給松平家家臣で、母方の実家伊東家は長百姓の家柄。磯貝家は祖父や叔父が製糸工場を経営しており、父の謙造は小学校校長。 岐阜県大垣中学校、第八高等学校を経て、1936年(昭和11年)に東京帝国大学文学部国史学科を卒業し、大学院へ進む。大学時代は古代史学を専攻し坂本太郎に学び、卒業論文は「律令時代に於ける地方政治、特に郡司を中心として」。
棚瀬 襄爾(たなせ じょうじ、1910年2月22日 - 19… 棚瀬 襄爾(たなせ じょうじ、1910年2月22日 - 1964年12月10日)は、日本の民族宗教学者・アジア地域研究者。 1910年、岐阜県本巣郡生まれ。旧制大垣中学校(現岐阜県立大垣北高等学校)を経て、第三高等学校文科甲類へ入学。卒業後は東京帝国大学文学部宗教学科に入学し、1934年に卒業、同大学大学院に進んだ。1936年、東京帝国大学大学院を修了。 卒業後は、1938年より千代田女子専門学校教授となった。一方で、1939年2月より東亜研究所所員を兼ね、研究を続けた。1941年2月に応召し、中国へ出征して漢口で終戦を迎えた。 1946年に復員。戦後は、1947年11月より帝国女子専門学校講師。