神田 翠月(かんだ すいげつ、1943年8月24日 - 2020年12月2日)は、講談師。本名:遠藤 朝子。 静岡県浜松市有玉南町生まれ。浜松市立積志中学校、静岡県立浜名高等学校卒業。 歌手を目指し上京後、1968年2月、田辺一鶴に弟子入り「小鶴」。女流講談師の草分けの一人。1971年3月二ツ目昇進。1976年5月真打昇進「はまな翠月」。 1979年神田山陽(2代目)門下に移る。 1980年9月「神田翠月」と改名。 講談協会副会長・常任理事兼監査役などを歴任。師の山陽が日本講談協会に移っても講談協会にとどまった。 2020年12月2日、がんのため千葉県船橋市の病院で死去。葬儀は近親者のみで執り行われた。
出典:ウィキペディア「神田翠月」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
