神田 紅希(かんだ こうき、1997年2月3日 - )は、日… 神田 紅希(かんだ こうき、1997年2月3日 - )は、日本講談協会および落語芸術協会に所属する講談師。神田紅門下の二ツ目。本名∶寺岡 鴻希。出囃子は「鮎は瀬に住む」。 東京都八王子市出身。東京藝術大学音楽学部卒業。 2020年6月に神田紅に入門。前座名「紅希」。 2025年1月17日より日本講談協会・二ツ目に昇進。落語芸術協会としては2月中席より、落語家の三遊亭こと馬とともに二ツ目に昇進。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
旭堂 南遊(きょくどう なんゆう、1994年8月21日 - … 旭堂 南遊(きょくどう なんゆう、1994年8月21日 - )は、日本の講談師。大阪講談協会所属。四代目旭堂南陵門下。本名∶澁谷 航。 兵庫県尼崎市生まれ。大阪芸術大学を卒業。2017年、四代目旭堂南陵に入門し、「南遊」を名乗る。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
神田 鯉花(かんだ りか、1994年4月19日 - )は、日… 神田 鯉花(かんだ りか、1994年4月19日 - )は、日本講談協会、落語芸術協会に所属する講談師。三代目神田松鯉門下の二ツ目。本名∶橋本 莉花。血液型O型。 愛媛県四国中央市金生町出身。川之江高等学校を経て、京都産業大学文化学部国際文化学科卒業。 2018年9月に三代目神田松鯉に入門。前座名「鯉花」。2019年2月に楽屋入り。 2023年2月より二ツ目昇進。落語芸術協会においても同年3月上席より、落語家の三遊亭美よしとともに二ツ目に昇進。 2025年8月11日、落語芸術協会所属の落語家の春雨や晴太と結婚した。同年9月2日に落語芸術協会および両者のSNSを通じて公表した。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。
神田 梅之丞(かんだ うめのじょう、1994年1月6日 - … 神田 梅之丞(かんだ うめのじょう、1994年1月6日 - )は、日本講談協会および落語芸術協会に所属する講談師。六代目神田伯山門下の二ツ目。本名∶加藤 寛容。出囃子は「猩々くずし」。 栃木県那須郡那須町出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。 2021年10月に六代目神田伯山に入門し、一番弟子となる。前座名「梅之丞」。2022年2月より楽屋入り。 2026年2月18日より日本講談協会「講談広小路亭」公演より二ツ目に昇進。落語芸術協会としては3月1日(上席)より二ツ目に昇進。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
神田 松麻呂(かんだ まつまろ、1991年9月10日 - )… 神田 松麻呂(かんだ まつまろ、1991年9月10日 - )は、日本講談協会、落語芸術協会に所属する講談師。三代目神田松鯉門下の二ツ目。本名∶西島 大輔。血液型A型。 東京都文京区出身。桐朋学園芸術短期大学芸術科演劇専攻卒業。 2018年(平成30年)6月に三代目神田松鯉に入門。前座名「松麻呂」。 2022年(令和4年)8月より二ツ目昇進。落語芸術協会においても同年9月下席より、落語家の柳亭楽ぼう改メ五代目柳亭春楽とともに二ツ目に昇進する。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
玉田 玉山(たまだ ぎょくざん、1990年2月8日 - )は… 玉田 玉山(たまだ ぎょくざん、1990年2月8日 - )は日本の講談師。講談師四代目玉田 玉秀斎に弟子入りし4年、2022年12月25日に年季明けとなる。 京都産業大学出身。京都で劇団を旗揚げしたのち、無職を経て講談師・玉田玉秀斎に入門。「玉田玉山」の名で講談師に。 私小説風の新作講談「玉田玉山物語」を500本製作、また、ゲンロン戦記やゲンロン沼講談、水曜どうでしょう講談、政治家スーパースター列伝など、講談と「熱量が高いがニッチな沼」とのかけ合わせも精力的に行う。また講談の世界では珍しく、「笑い」を肝とする講談に定評がある。 第23回開高健ノンフィクション賞に『上方講談戦記 ポンコツ弟子の修業日記 2018~2025』で応募、最終選考に残り高評価を得たが次点となる。
神田 桜子(かんだ さくらこ、1987年5月20日 - )は… 神田 桜子(かんだ さくらこ、1987年5月20日 - )は、日本講談協会、落語芸術協会に所属する講談師。神田陽子門下の二ツ目。本名は、米谷 春香。血液型A型。 大阪大谷大学文学部日本語日本文学科卒業。2015年12月に神田陽子に入門。前座名「桜子」。2016年4月、楽屋入り。 2020年5月、落語家の三遊亭遊七とともに二ツ目昇進。しかし、新型コロナウイルスによる影響により都内の寄席が営業停止となってしまい、初披露ができなかった。事態を重く見た神田伯山は、自身のYouTubeチャンネル「神田伯山ティービィー」で期間限定の「オンライン釈場」を配信し、桜子をゲストに招いて、二ツ目昇進後による初披露を行った。
旭堂 南喜(きょくどう なんき、1986年3月11日 - )… 旭堂 南喜(きょくどう なんき、1986年3月11日 - )は、日本の講談師、元お笑いタレント。本名∶市嶋 太喜。兵庫県小野市出身。 よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属。大阪NSC27期生(2004年4月入学、2005年4月卒業)であり、同期の芸人はGAG少年楽団、いがわゆり蚊、ビーフケーキなどで、東京NSC10期生のオリエンタルラジオ、はんにゃ、フルーツポンチ、トレンディエンジェルなどとも同期になる。 兵庫県立小野工業高等学校卒業。趣味は散歩。旅行。 吉本新喜劇座員オーディション2009に合格。当時の芸名はいちじまだいき。主に吉本新喜劇の脇役として出演していた。 同期のお笑いコンビ・ビーフケーキ近藤貴嗣と仲が良く、彼らの公演によく出演している。
神田 松之丞(かんだ まつのじょう、本名:古舘 克彦(ふるた… 神田 松之丞(かんだ まつのじょう、本名:古舘 克彦(ふるたち かつひこ)、1983年6月4日 - )は、日本の講談師。日本講談協会および落語芸術協会所属。二ツ目でありながら、独演会では定員数百人の会場を満員にするなど、新進気鋭の講談師として注目を浴びている[1]。
六代目 神田 伯山(ろくだいめ かんだ はくざん、1983年… 六代目 神田 伯山(ろくだいめ かんだ はくざん、1983年6月4日 - )は、日本の講談師・ラジオパーソナリティ・YouTuber。日本講談協会および落語芸術協会所属。前名∶神田 松之丞、本名∶古舘 克彦。紋は「三ツ鐶」。 二ツ目時代から独演会では定員数百人の会場を満員にするなど新進気鋭の講談師として注目を浴びていた。2020年2月11日に神田伯山を6代目として襲名。 6代目伯山は自身の真打昇進及び襲名に伴って講談界の名跡である桃川如燕、神田五山、桃川三燕、桃川燕玉、桃川桂玉、柴田南玉、桃川燕国、神田松山、神田伯鯉を預かっていることを報告している。 主な持ちネタは以下の通り。
旭堂 南龍(きょくどう なんりゅう、1980年6月4日 - … 旭堂 南龍(きょくどう なんりゅう、1980年6月4日 - )は、上方の講談師。 大阪府立東住吉高等学校、近畿大学文芸学部出身。 2004年3月19日、大学卒業と同時に旭堂南左衛門に入門し、「旭堂南青」を名乗る。「青」の字には「青雲の志を持つ講談師になりなさい」との意味が込められたとのこと。 2008年4月14日にNHKで放送された『ドキュメント挑戦』において、同年3月31日に、いずれもネタおろしとなる三席を披露した「旭堂南青・武者修行の会」とそれに向けての稽古の様子が取り上げられた。 2013年12月8日に行われた奈良マラソン第4回大会には、自身が奈良テレビ放送の『ゆうドキッ!』に出演していることから、奈良テレビ代表のメディアランナーに抜擢され、出場したが、完走できなかった。
田辺 いちか(たなべ いちか、1979年3月7日 - )は、… 田辺 いちか(たなべ いちか、1979年3月7日 - )は、日本の女性講談師。 福岡県北九州市出身。1997年、福岡県立八幡高等学校卒業後、京都府立大学文学部国文学中国文学科に進学。大学在学中の2000年に中国・長安大学で日本語の教師をしていた。2001年に大学を卒業し、2003年より東京のプロダクションに所属し、舞台俳優と声優の活動を始める。 2014年5月、田辺一邑に入門し「田辺 いちか」を名乗る。同年9月に前座となる。 2019年3月に二ツ目昇進。2020年に渋谷らくご・楽しみな二ツ目賞を受賞。2021年9月15日に渋谷らくごでトリをとる。古今亭志ん五、瀧川鯉昇、春風亭百栄の助演で、「火消しと男爵」を読んだ。
一龍斎 貞橘(いちりゅうさい ていきつ、1979年2月27日… 一龍斎 貞橘(いちりゅうさい ていきつ、1979年2月27日 - )は講談師。講談協会所属。本名∶島根 成利。 日本大学芸術学部放送学科卒業。落語家の春風亭一之輔とは同窓生。 2000年6月 六代目一龍齋貞水に入門、貞橘となる。お江戸日本橋亭で初高座。 2005年10月に二ツ目昇進。 2013年4月に真打昇進。一龍斎一門からは36年ぶりの男性真打となった。 この項目は、芸能人一般(俳優/女優・歌手・お笑い芸人・アナウンサー以外のタレントなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:芸能人)。
神田 紅純(かんだ こうじゅん、1977年6月6日 - )は… 神田 紅純(かんだ こうじゅん、1977年6月6日 - )は、日本の女性講談師。東京都目黒区出身。本名は金子 あずみ。日本講談協会および落語芸術協会所属。
神田 京子(かんだ きょうこ、1977年3月29日 - )は… 神田 京子(かんだ きょうこ、1977年3月29日 - )は、女性講談師。落語芸術協会所属の真打。夫は詩人・パフォーマーの桑原滝弥。一男の母。本名は桒原 尚子。岐阜県美濃市出身。日本大学芸術学部放送学科卒業。 1999年、大学4年の時に二代目神田山陽に入門した。京子の由来は「今日、突然きたから」。2000年の二代目神田山陽の没後は神田陽子に師事する。 2005年6月、二ツ目に昇進する。2006年10月、桑原滝弥と結婚した。 2014年5月、八代目春風亭柏枝、五代目柳家小蝠と共に真打に昇進した。 2020年2月、山口県に移住し東京と二拠点生活を行う。
神田 山緑(かんだ さんりょく、1976年8月28日 - )… 神田 山緑(かんだ さんりょく、1976年8月28日 - )は講談師。講談協会所属の真打。東京都中央区日本橋人形町出身。中野区観光大使。出囃子は『松の緑』。 敬愛大学卒業後、トヨタ自動車で営業として新人賞を受賞。退社後、27歳の時に健康食品会社を立ち上げ代表取締役になるが、社員が全員退社、人間力の無さを痛感する。日本話し方センター副所長の山越幸に師事。 神田すみれの講談教室から講談師になる。地域活動にも力を入れて中野区観光大使に就任。講談協会真打。日本最大級の全国12カ所300名の生徒数を誇る講談教室主宰。敬愛大学客員教授。 中野区地域ボランティアなど、中野区観光大使として活動しており、哲学堂公園で「哲学堂辻講釈」「怪談の夕べ」を毎月2回開催、 中野区ケーブルテレビ・ラジオエフエム府中「山緑の講談ちゃんねる」に出演。
四代目 宝井 琴凌(たからい きんりょう、1976年7月26… 四代目 宝井 琴凌(たからい きんりょう、1976年7月26日 - )は、講談協会所属の講談師。山形県南陽市出身。本名∶高橋 和彦。出囃子∶『花笠音頭』。家紋:隅立て十二山形。 山形県立米沢工業高等学校卒業。 2010年2月 宝井琴梅に入門、講談協会前座見習いとなり、宝井 梅湯(たからい うめゆ)を名乗る。梅湯という芸名は師匠宝井琴梅の「梅」に故郷 赤湯温泉の「湯」から。5月に正式な前座になる。 2015年3月、二ツ目昇進。2018年5月よりやまがた特命観光・つや姫大使に就任。2019年3月、スターブル藤崎寄席若手演芸選手権で優勝。 2024年4月、真打に昇進し、四代目宝井琴凌を襲名した。同名跡は三代目が1936年3月に死去して以降は空き名跡になっていたが、88年ぶりの復活となる。
七井 コム斎(なない コムさい 1976年3月20日 - )… 七井 コム斎(なない コムさい 1976年3月20日 - )は、上方の講談師である。旧芸名は旭堂南半球、本名∶原賀 玲。個人事務所で活動。 兵庫県芦屋市に生まれる。近畿大学法学部を卒業した。[要出典] 2000年に3代目旭堂小南陵に入門。旭堂南半球の名前で2011年まで活動していたが、独立して同年5月10日より七井コム斎となる。大阪・東京を中心に各地で「ガンダム講談会」を開催している。 釈台はドダイYS、定紋はジオン公国のマークを使用している[要出典]。 古典も演じるが、趣味の『機動戦士ガンダム』を上方講談の古い言い回し、上方言葉を用いて演じる「ガンダム講談」が講談にあまり馴染みのない若いガンダムファンや女性に人気がある。
のぶよし(1975年10月2日 - )は、日本のお笑いタレン… のぶよし(1975年10月2日 - )は、日本のお笑いタレント、喜劇俳優、講談師。吉本新喜劇座員。本名、森田 展義(もりた のぶよし)。 京都府京都市出身。血液型はA型。吉本興業所属。 奈良教育大学卒業後の2000年、落語家の笑福亭福笑に弟子入りし、笑福亭ひらめという高座名で落語家になったが、落語が覚えられず挫折。その後、NSCに25期生として入り直し、第1個目(2005年)金の卵オーディションに合格し、吉本新喜劇に入団した。既婚者。 兄弟は2歳上の姉と8歳年下の弟がいる。俳優、劇作家、脚本家、演出家の加納幸和とは親同士がいとこのため、はとこである。その他の親戚に俳優、声優の森田順平、俳優の森田浩平、俳優の森田晋平がいる。
5代目旭堂 小南陵(きょくどう こなんりょう、本名:陀保 二… 5代目旭堂 小南陵(きょくどう こなんりょう、本名:陀保 二三佳、1975年9月20日 - )は大阪府八尾市出身の講談師。前名は旭堂 小二三。宮崎県都城市特派大使。 OL・女優を経て講談師に。 1995年より俳優活動開始。 2001年7月、3代目旭堂小南陵(4代目旭堂南陵)に入門。舞台女優としても活躍。 2016年11月に5代目旭堂小南陵を襲名。 2019年1月、大阪市此花区に講談中心の寄席「此花千鳥亭」をオープンさせた。 2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大で、演芸の催しの自粛・中止が相次ぐ中、此花千鳥亭にていち早くYouTubeを利用したオンラインの講談・落語の配信「テレワーク寄席」を旭堂南龍とともに開始。
神田 陽乃丸(かんだ ひのまる、1974年9月24日 - )… 神田 陽乃丸(かんだ ひのまる、1974年9月24日 - )は、日本講談協会に所属する女流講談師。神田陽子門下の二ツ目。本名∶櫻井 彩野。 埼玉県さいたま市出身。日本大学芸術学部演劇学科卒業。 2018年12月に神田陽子に入門。前座名「陽菜」。 2022年12月より二ツ目に昇進し、「陽乃丸」と改名する。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
神田 鯉栄(かんだ りえい、1973年12月25日 - )は… 神田 鯉栄(かんだ りえい、1973年12月25日 - )は、埼玉県川口市出身の講談師。本名:金杉 幸子。草加市在住。2011年4月より草加文化大使に就任。 埼玉県立川口東高等学校を経て、シアトル国際短期大学JAPAN観光科を卒業。旅行添乗員を経て3代目神田松鯉に入門。日本講談協会前座となる。 2020年11月より、体調不良のため休養していたが、2026年1月2日に自身のSNSを更新し、約5年ぶりに活動を再開することを報告した。
旭堂 鱗林 (きょくどう りんりん、1973年8月21日 -… 旭堂 鱗林 (きょくどう りんりん、1973年8月21日 - )は、中京圏を拠点に活動する講談師、タレント。本名は伊藤 真由美。なみはや講談協会、サンミュージックアカデミー名古屋(業務提携)所属。 愛知県名古屋市熱田区出身・在住。生家は熱田区二番。両親と祖父母、3歳上の兄。父・祖父ともに公務員という真面目な環境に育つ。名古屋市立桜台高校、短期大学を卒業後、幼稚園教員、ブライダルコーディネーターを経て話すことに興味を持ち、テレビタレントセンターに通う。 2000年4月に東海ラジオのレポートドライバーに採用、同局のリポーター、ラジオパーソナリティとして活動。 そのかたわら、水谷ミミの紹介で2006年より講談師の旭堂南鱗に師事し、2009年4月1日に「古池鱗林」の名で講談師としての本格的な活動を始めた。
旭堂 南湖(きょくどう なんこ、1973年8月 - )は、日… 旭堂 南湖(きょくどう なんこ、1973年8月 - )は、日本の講談師。上方講談協会所属。 滋賀県甲賀郡甲南町(現在の甲賀市)出身の兵庫県宝塚市生まれ。大阪芸術大学大学院修了。
神田 織音(かんだ おりね、1972年7月12日 - )は、… 神田 織音(かんだ おりね、1972年7月12日 - )は、講談協会に所属する講談師。本名∶伊豆本 良恵。 東京都豊島区出身。竹早高等学校在学中から芝居の勉強を始め、その後約十年芝居に携わる。 1999年4月、神田香織に入門。9月より前座となり、「おりね」を名乗る。 2003年4月、二ツ目昇進。「織音」に改名。 2011年4月、真打昇進。初の「女流真打が育てた女流真打」となった。
神田 春陽(かんだ しゅんよう、1971年2月24日 - )… 神田 春陽(かんだ しゅんよう、1971年2月24日 - )は、講談協会に所属する講談師。本名∶鹿島 大。 神奈川県立東金沢高校卒業。 2000年10月、神田すみれに入門して「神田春陽」を名乗る。 2006年4月、二ツ目昇進。 2014年10月、真打昇進。
神田 昌味(かんだ まさみ、1970年9月24日 - )は日… 神田 昌味(かんだ まさみ、1970年9月24日 - )は日本の講談師。日本講談協会所属の真打。現・日本講談協会会長。夫は陶芸家・小川哲央。岐阜県恵那市在住。 1970年9月24日生まれ、栃木県宇都宮市出身。本名は小川 昌江。 1989年(平成元年)2月、栃木県立鹿沼東高等学校を卒業後すぐに講談師・2代目神田山陽へ入門、同年3月には初高座を踏む。当初の前座名は「昌美」だったが、後に「昌味」に改名している。 1996年(平成8年)には二ッ目昇進、1999年(平成11年)に世界で11番目の女性真打に昇進した。 2026年(令和8年)日本講談協会会長に就任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
田ノ中 星之助(たのなか ほしのすけ、1969年11月30日… 田ノ中 星之助(たのなか ほしのすけ、1969年11月30日 - )は、講談協会に所属する講談師。本名∶田中 伸明。 神奈川県横浜市出身。専修大学文学部人文学科史学コース卒業。アイルランド文学を専攻していた。 1997年8月、田辺一鶴に入門。同年11月より前座となり、「田辺一会」を名乗る。2000年10月、二ツ目昇進し「田辺星之助」と改名。2010年、師匠の一鶴の逝去に伴い、桃川鶴女門下となり、「桃川星之助」を名乗る。 2014年4月、真打昇進して「桃川鶴丸」と改名。2018年、鶴女門下より独立して「田ノ中星之助」を名乗る。 この項目は、芸能人一般(俳優/女優・歌手・お笑い芸人・アナウンサー以外のタレントなど)に関連した書きかけの項目です。
神田 鯉風(かんだ りふう、1969年4月19日 - )は、… 神田 鯉風(かんだ りふう、1969年4月19日 - )は、日本講談協会に所属する講談師。三代目神田松鯉門下惣領弟子。こうのす観光大使。出囃子∶『茶摘』。
田辺 凌鶴(たなべ りょうかく、1967年8月16日 - )… 田辺 凌鶴(たなべ りょうかく、1967年8月16日 - )は、講談協会所属の講談師。本名∶喜多村 充伸。 東京都福生市出身。長距離走者もしくはヒルクライマーのような痩身に銀縁メガネが特徴。 都立立川高校時代は高校球児であった。中央大学法学部政治学科を卒業後、小劇場での舞台役者や大道芸人を経て田辺一鶴に師事した。 講談の自作を得意とし、2012年春現在で、発表した自作講談は100本を超える。
神田 茜(かんだ あかね、1965年7月28日 - )は講談… 神田 茜(かんだ あかね、1965年7月28日 - )は講談師、小説家。北海道帯広市出身。文化服装学院中退。師の二代目神田山陽の死後、落語協会に入会した。本名:安田(旧姓・鈴木) 明美。出囃子は『チェリー(スピッツ)』。日本講談協会理事。
旭堂 南海(きょくどう なんかい、1964年(昭和39年)4… 旭堂 南海(きょくどう なんかい、1964年(昭和39年)4月20日 - )は、上方講談師。なみはや講談協会会員。本名∶内海 浩明。 1964年4月20日、兵庫県加古川市志方町西牧に生まれる。志方西小学校、志方中学校、加古川東高校を卒業の後、大阪大学文学部へ入学。 大阪大学文学部で日本文学(近世文学)を専攻。大衆芸能に興味を持ち、落語、浪曲を経て、最後に講談にたどりつく。1988年、3代目旭堂南陵に入門。1996年、大阪府芸術劇場奨励新人賞。1997年、谷町にて「南海の何回続く会?」を毎月1回(第4火曜日)開催(この会は現在も自主講演が続いている)。
神田 陽司(かんだ ようじ、1962年8月25日 - 201… 神田 陽司(かんだ ようじ、1962年8月25日 - 2016年2月18日)は、日本の講談師、編集者。元日本講談協会理事。本名、吉田 祐二。新作「坂本龍馬シリーズ」など、古典から新作まで手掛けた。 兵庫県尼崎市生まれ。兵庫県立尼崎高等学校、早稲田大学第一文学部哲学科人文専修卒業。 情報誌『シティロード』の演劇担当、副編集長を経て、1990年、講談師2代目神田山陽に入門「陽司」。初高座は1991年1月1日、場所は四谷倶楽部。 1995年、二ツ目昇進。 2001年、山陽没後神田紅門下へ。 2003年、真打に昇進。 2006年2月25日、お江戸広小路亭の独演会で「ホリエモン」をテーマに新作講談を上演。
田辺 一乃(たなべ かずの、1962年8月1日 - )は、講… 田辺 一乃(たなべ かずの、1962年8月1日 - )は、講談協会に所属する講談師。本名∶菊入 和子。 2004年9月、田辺一鶴に入門。2006年5月、前座となり「一乃」を名乗る。「一乃」の名は「一人前の講談師の数のうちに入るように」という願いと、当時大河ドラマでやっていた山内一豊から師匠一鶴が命名した。 2010年2月に二ツ目昇進するが、4月に師匠の田辺一鶴が逝去したことに伴い田辺一邑門下へ移籍。 2019年4月、真打昇進。
田辺 一邑(たなべ いちゆう、1961年3月24日 - )は… 田辺 一邑(たなべ いちゆう、1961年3月24日 - )は、講談協会所属の講談師。 古典講談をはじめ新作講談・童話・文学作品など、口演レパートリーは多数多彩。故郷浜松を中心に各地の偉人を次世代に語り継ぐシリーズなど、オリジナル講談の自作と口演も意欲的に手掛けている。 静岡県浜松市小沢渡町出身。本名は鳥井 由紀子(旧姓:渥美)。浜松市立新津中学校・静岡県立浜松北高等学校1979年卒業 。横浜市立大学文理学部文科・独語独文学専攻1984年卒業 。大学卒業後、日航情報開発(株)を中心に10年以上に渡りシステムエンジニアとして企業に勤めた経歴を持つ。江戸文化歴史検定2級を持ち、はとバス「講談師と行く花のお江戸コース」「怪談コース」などでガイドを務める事がある。
神田 陽子(かんだ ようこ、1958年5月19日 - )は、… 神田 陽子(かんだ ようこ、1958年5月19日 - )は、日本講談協会、落語芸術協会に所属する女性講談師。二代目神田山陽門下の真打。本名、河村 恵子。女性講談師の草分けとして知られる。 東京都出身。小学校の時は東映児童劇団に入っていた。成徳学園高等学校卒業後、文学座演劇研究所に所属。伯父から二代目神田山陽のテープをもらい、講談の世界に入ることを志す。 1979年3月、二代目神田山陽に入門。1982年4月、二ツ目昇進。1988年10月、真打昇進。46歳の時、17歳年下の僧侶と恋愛結婚したが、7年後に離婚している。 2017年3月、早稲田大学人間科学部人間科学情報科卒業。卒業までには5年かかった。
神田 香織(かんだ かおり、1954年12月4日 - )は、… 神田 香織(かんだ かおり、1954年12月4日 - )は、講談師。本名∶武谷 光子(旧姓:江尻)。講談協会所属。 福島県いわき市出身。磐城女子高校卒業。東京演劇アンサンブル、渡辺プロダションドラマ部を経て、1981年(昭和56年)に二代目神田山陽の門下となる。芸名は香。1984年(昭和59年)二ツ目昇進と同時に芸名を香織とする。1989年(平成元年)8月に真打昇進。後に六代目小金井芦州門下預かりとなる。 2001年(平成13年)に参議院議員通常選挙に無所属、社民党推薦で福島県選挙区から出馬したが次点で落選。 2010年、やよりジャーナリスト賞特別賞(大衆普及)特別賞。 2024年、澄和平和活動賞を受賞。
神田 山裕(かんだ さんゆう、本名: 石橋 賢一、1954年… 神田 山裕(かんだ さんゆう、本名: 石橋 賢一、1954年9月13日 - 2015年6月3日)は、講談師。 東京都杉並区生まれ、千葉県立国府台高校卒業。 1975年10月、神田山陽(2代目)に弟子入り「山裕」。1980年8月二ツ目昇進。1985年1月真打昇進。 「講談界の小朝」と呼ばれ、マスコミなどでも活躍して将来を期待されていたが、1998年に脳梗塞で倒れ、以降は療養生活を送っていた。 2015年6月3日、肺炎のため死去。10月30日、山陽一門と旭堂南鱗により「神田山裕を偲ぶ 最後の山裕・南鱗二人会」が上野広小路亭で開かれた。
旭堂 南左衛門(きょくどう なんざえもん、1954年7月14… 旭堂 南左衛門(きょくどう なんざえもん、1954年7月14日 - )は、日本の講談師。本名:西野 安彦。現在、上方講談協会会長。 兵庫県三田市出身。兵庫県立篠山鳳鳴高等学校、近畿大学商経学部卒業。 1976年 3代目旭堂南陵に入門、旭堂南学として初高座。1987年、真打昇進。旭堂南左衛門を創名。1990年「第8回咲くやこの花賞」受賞。1993年、国立演芸場花形演芸会金賞を受賞。 1997年、カラオケDEチャンス(奈良テレビ)の司会を卒業。2000年、日本テレマン協会主催の「ヘンデル:オラトリオ本邦初演シリーズ」に内容解説の講談師として出演。それ以後、各地の歴史をテーマに「音楽絵巻」を創作し、中野順哉との二人三脚で「上方講談」の創作活動を積極的に行う。
神田 紅(かんだ くれない、1952年4月20日 - )は日… 神田 紅(かんだ くれない、1952年4月20日 - )は日本の講談師、エッセイスト。福岡県福岡市生まれ。サイバー大学客員教授。本名∶戸井田 和子。 福岡県立修猷館高校卒業、早稲田大学商学部中退。既婚。 大学在学中に文学座研究所にいた。その後、プロダクションに所属。市原悦子の付き人を二年担当。当時の名前は中原鐘子。女優を経て、1979年に、講談師二代目神田山陽に入門した。 1989年、真打に昇進。旧本牧亭での幕引き真打披露を行う。同年、落語芸術協会に入会。 2002年、弟子の陽司、紅葉を伴い紅一門を旗揚げする。 2010年4月、日本講談協会会長に就任。 2017年、芸歴40年を迎えた。「古典講談の復活、創作講談や国語講談を分かりやすく伝えていきたい」と語った。
神田 紫(かんだ むらさき、1951年11月30日 - )は… 神田 紫(かんだ むらさき、1951年11月30日 - )は、日本の女性講談師。日本講談協会元会長。兵庫県神戸市出身。桜美林短期大学卒業。 元々は舞台女優を志して文学座と劇団芸能座(小沢昭一主宰)で活動していたが、講談師に転向し、2代目神田山陽に弟子入りする。1989年8月に真打昇進。同年10月、落語芸術協会に所属する。 女流講談師として各地で「パープルエクスタシー」シリーズと題した講談と一人芝居をミックスした新感覚の公演を行う傍ら、引き続き舞台女優としても活動している。2008年から2009年にかけては日本講談協会会長を務めた。
神田 紅葉(かんだ もみじ、1950年12月19日 - 20… 神田 紅葉(かんだ もみじ、1950年12月19日 - 2017年7月25日)は、日本講談協会に所属した講談師。本名は矢向 純子。 1950年12月19日、長野県飯山市生まれ、松本市出身。父は警察予備隊に勤務。5人兄弟で兄、弟2人、妹1人がいる。父親の転勤についてゆき、小学校から中学校にかけては転校を繰り返す。長野県松本美須々ヶ丘高等学校卒業後は八十二銀行松本支店に就職。1974年に警察官の叔父の部下と見合い結婚、東京に行く。 専業主婦として奮闘する中、税理士を目指して専門学校に行くが合格は叶わなかった。49歳から神田紅の講談教室に通い始め、2001年には50歳で弟子入りする。2006年二ツ目昇進。
4代目旭堂 南陵(きょくどう なんりょう、1949年〈昭和2… 4代目旭堂 南陵(きょくどう なんりょう、1949年〈昭和24年〉9月4日 - 2020年〈令和2年〉7月30日)は、日本の講談師、政治家。階は正五位。 本名は西野 康雄(にしの やすお)。元参議院議員(1期)。農学修士号。位 大阪府堺市出身。1968年、大阪府立泉陽高等学校卒業後、近畿大学農学部入学。あがり症を克服するために講談師を志し、3代目旭堂南陵に師事する。1972年、旭堂南右を名乗り初高座。僅差の兄弟子に旭堂左南陵がいる。1974年、大阪府立大学大学院修了。修士論文は「吉野川・紀の川分水史」。 1978年、3代目旭堂小南陵を襲名し、真打昇進。1980年、松尾芸能賞新人賞受賞。1982年、大阪文化祭奨励賞受賞。
田辺 南北(たなべ なんぼく、1949年7月9日 - )は、… 田辺 南北(たなべ なんぼく、1949年7月9日 - )は、講談協会に所属する講談師。本名∶石井 光夫。 2012年に癌の手術をし現在も闘病中。
天の 夕づる(てんの ゆうづる、1944年9月15日 -)は… 天の 夕づる(てんの ゆうづる、1944年9月15日 -)は、日本の元講談師。ポルノ講談を演じて講談界が紛糾し分裂する騒動を引き起こした。 東京都足立区北千住出身。東洋大学国文学科(第2部)を卒業後、東京教育大学附属聾学校の教員となる。 1969年、教員を続けながら田辺一鶴の門下となり、田辺夕鶴と名のって艶っぽい声や色気を前面に押し出したポルノを主題とした芸風で評判となる。師の一鶴は「面白い。薦めはしないけどやってみろ」と許可を出す。 1971年12月、教員の職を辞し講談師に専念する。 1973年2月、二代目 神田山陽の預かりとなり、天の夕づると改名する。 1973年5月、本牧亭の高座に布団を持ち込み、襦袢をはだけ肌を露出し淫靡にふるまった芸風が問題となり、講談協会の分裂騒動を引き起こす。
神田 翠月(かんだ すいげつ、1943年8月24日 - 20… 神田 翠月(かんだ すいげつ、1943年8月24日 - 2020年12月2日)は、講談師。本名:遠藤 朝子。 静岡県浜松市有玉南町生まれ。浜松市立積志中学校、静岡県立浜名高等学校卒業。 歌手を目指し上京後、1968年2月、田辺一鶴に弟子入り「小鶴」。女流講談師の草分けの一人。1971年3月二ツ目昇進。1976年5月真打昇進「はまな翠月」。 1979年神田山陽(2代目)門下に移る。 1980年9月「神田翠月」と改名。 講談協会副会長・常任理事兼監査役などを歴任。師の山陽が日本講談協会に移っても講談協会にとどまった。 2020年12月2日、がんのため千葉県船橋市の病院で死去。葬儀は近親者のみで執り行われた。
一龍斎 貞心(いちりゅうさい ていしん、1942年8月4日 … 一龍斎 貞心(いちりゅうさい ていしん、1942年8月4日 - )は、講談協会に所属する講談師。講談協会常任理事。本名∶大友 良雄。 東京都豊島区出身。駒澤大学文学部中退。 1970年2月に六代目一龍斎貞丈に入門。「一龍斎貞司」を名乗る。 1974年4月、二ツ目昇進。 1980年4月、真打昇進。「一龍斎貞心」と改名。 1981年に文化庁芸術祭優秀賞を、2000年に文化庁芸術祭優秀賞を受賞。
一龍齋 貞鳳(いちりゅうさい ていほう、1926年9月1日 … 一龍齋 貞鳳(いちりゅうさい ていほう、1926年9月1日 - 2016年12月27日)は、日本の講談師、政治家。本名、今泉 正二(いまいずみ しょうじ)。選挙では「一竜斉テイホー」の表記も使用していた。 参議院議員(1期)、環境政務次官(三木改造内閣・福田赳夫内閣)などを歴任した。 福島県出身。旧制法政大学第二中学校卒業。1938年に5代目一龍齋貞丈に入門するが、戦争のため一時中断。1946年に貞鳳を名乗る。1954年、真打昇進。 3代目江戸家猫八、三遊亭小金馬(現:2代目三遊亭金翁)とともに、NHKのバラエティコメディ番組『お笑い三人組』で人気を得る。今泉良夫の名で司会活動もしていた。1965年、芸術祭賞奨励賞受賞。
2代目神田 松鯉(かんだ しょうり、1885年(明治18年)… 2代目神田 松鯉(かんだ しょうり、1885年(明治18年)9月8日 - 1967年(昭和42年)4月22日)は、明治時代から昭和時代にかけて活躍した講談師。本名、玉川悦太郎。初代神田松鯉の子。 東京港区芝源助町に生まれた後、京橋五郎兵衛町に転居。1895年、父の門下として高座に上がり、神田悦山を名乗る。1905年から神田小伯山を名乗り、1921年、2代目神田松鯉を襲名。1965年、勲五等双光旭日章受章。 道楽者として有名であり、講談の途中に駄洒落を入れるのが特徴だった。阿部主計は「単調でダラダラと粘った口調のリズムや、抑揚も立体感もない退屈な演技」と評した。6代目三遊亭圓生は「なぜ落語家にならなかったのか」と惜しんだ。
三代目 錦城斎 典山(きんじょうさい てんざん、1864年3… 三代目 錦城斎 典山(きんじょうさい てんざん、1864年3月14日(元治元年2月7日) - 1935年1月7日)は、講談師。本名∶青山 嶽次郎。 1864年、江戸神田多町の青山善蔵の子として生まれる。 14歳の時に聞いた三代目一龍斎貞山の「曽我物語」に感銘を受けて弟子入り、二代目一龍斎貞花を名乗る。二代目一龍斎貞丈を経て、1890年、五代目貞山を襲名。1907年(明治40年)、四代目一龍斎貞山の弟子の三代目一龍斎貞丈に貞山を譲り、自身は三代目錦城斎典山を襲名。