市河 彦太郎(いちかわ ひこたろう、1896年(明治29年)9月2日 - 1946年(昭和21年)4月1日)は、日本の外交官。駐イラン公使。 静岡県の市河彦三の子として生まれる。市河家は沼津の大地主で豪商。静岡県立沼津中学校(現静岡県立沼津東高等学校)、第一高等学校を経て、1920年(大正9年)、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。フィンランド公使館一等書記官、外務書記官・文化事業部第三課長、同第二課長を歴任。1940年(昭和15年)12月、駐イラン公使に就任した。 1946年4月1日、第22回衆議院議員総選挙に立候補した森田豊寿の応援演説中に、我入道公会堂において脳溢血のため死去した。 沼津中学時代の後輩芹沢光治良の『人間の運命』に登場する主人公森次郎の親友・石田のモデルであるとも言われる。
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