有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
平

平野運平

ひらの うんぺい
Wiki ↗

平野 運平(ひらの うんぺい、1886年3月23日 - 1919年2月6日)は、旧名を「榛葉」という、ブラジル移民の先駆者として働き「ブラジル移民の父」と称された明治・大正期の海外開拓家である。 平野運平は1886年3月23日に現在の掛川市にあたる静岡県小笠郡栗本村で生まれた、榛葉健蔵の三男である。 同氏は、掛川中を卒業したのち、義兄の平野家に入籍したのち、同氏は東京外国語学校大西語科を卒業した。 1908年4月28日には神戸港より笠戸丸に乗船して出発した第1回ブラジル移民の笠戸丸移民に通訳五人衆の一人として同行し、シベリア経由での50日余の航海ののち、1908年6月18日にサンパウロ州のサントス港に入港した。

出典:ウィキペディア「平野運平」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋