スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
石川 大峨(いしかわ たいが、2007年8月1日 - )は… 石川 大峨(いしかわ たいが、2007年8月1日 - )は、静岡県掛川市出身のプロ野球選手(三塁手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 掛川市立東山口小学校2年生の時に、地元の東山口野球少年団で野球を始める。掛川市立栄川中学校在学中は、野球部に所属していた。その後進学した静岡県立掛川西高等学校でも、野球部に所属し、2年生の夏には甲子園に出場。1回戦の日本航空戦では、7番ファーストで先発し、7回表に2点タイムリーヒットを放った。2回戦の岡山学芸館戦も7番ファーストで先発したが、チームはここで敗退している。高校通算19本塁打だった。 2025年10月23日、NPBドラフト会議の育成ドラフトで、中日ドラゴンズから2巡目で指名を受けた。
鈴木 康一郎(すずき こういちろう、1990年10月29日 … 鈴木 康一郎(すずき こういちろう、1990年10月29日 - )は、中京テレビ放送のアナウンサー。元福島テレビのアナウンサー。ドローン国家資格である一等 無人航空機操縦士、保育士、防災士の資格を保有。 静岡県掛川市出身。静岡県立掛川西高等学校、早稲田大学を卒業後、2013年に福島テレビに入社。 2017年4月に中京テレビへ移籍。 2018年10月1日から佐藤和輝(現在はアナウンサー復帰)の後任として夕方情報番組キャッチ!のサブキャスターに就任。 2020年3月12日のキャッチ番組内で結婚を発表した。さらに6月10日に同番組で「コロナ禍の出産」に関する特集を放送した際、妻が妊娠中で11月が出産予定であることを明かしていた。
赤堀 大智(あかほり だいち、1987年4月13日 - )は… 赤堀 大智(あかほり だいち、1987年4月13日 - )は、静岡県掛川市出身の元プロ野球選手(外野手)。
山本 裕三(やまもと ゆうぞう、1982年〈昭和57年〉12… 山本 裕三(やまもと ゆうぞう、1982年〈昭和57年〉12月3日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。 掛川市議会議員(3期)、自由民主党静岡県連青年部長を歴任。 静岡県掛川市出身。掛川市立西中学校、静岡県立掛川西高等学校を経て、立教大学経済学部卒業。中学生時代から政治の道を志し、大学時代には掛川西高卒業の縁で榛葉賀津也参議院議員の事務所でインターンを経験し卒業後はリクルートHRM(現リクルート)に入社。父の死後には、実家の酒販店で働くこととなった。 2013年、掛川市議会議員に当選。以降は市議を3期連続当選。3期目の市議会議員選挙ではトップ当選を果たし2023年から歴代最年少で市議会議長も務めたが、次期衆院選に自由民主党公認で静岡3区から立候補することが決まったため、2024年8月に議長を辞職した。
鈴木 寛樹(すずき ひろき、1981年5月15日 - )は、… 鈴木 寛樹(すずき ひろき、1981年5月15日 - )は、静岡県出身の元プロ野球選手(投手)。
松浦 直毅(まつうら なおき、1978年12月 - )は、日… 松浦 直毅(まつうら なおき、1978年12月 - )は、日本の人類学者(人類学・アフリカ地域研究)。学位は、博士(理学)(京都大学・2008年)。静岡県立大学国際関係学部助教を経て、椙山女学園大学人間関係学部人間関係学科准教授。 京都大学大学院理学研究科研究員、独立行政法人日本学術振興会特別研究員などを歴任。 静岡県出身。専門はアフリカ地域研究。アフリカ大陸の熱帯雨林における狩猟採集社会の変容と、そこに居住する民族の動態についての研究が知られている。京都大学・静岡県立大学などで教鞭を執った。 1978年(昭和53年)12月生まれ。1997年(平成9年)3月、静岡県立掛川西高等学校卒業。同年4月、京都大学に入学し、総合人間学部にて学んだ。
高須 沙知子(たかす さちこ、1977年(昭和52年)5月1… 高須 沙知子(たかす さちこ、1977年(昭和52年)5月16日 - )は、静岡県掛川市出身のフリーアナウンサー。元・NHK静岡放送局契約キャスター。かけがわアーツ登録講師。こどもアナウンス発声協会認定講師。 静岡県立掛川西高等学校を経て武蔵大学卒業後、他の仕事を経て2003年(平成15年)NHK静岡放送局のキャスター採用試験に合格。 当初は昼前の情報番組担当であったが、のちに夕方の情報番組にシフト。静岡の夕方の顔として活躍したほか、東京発の情報番組にも静岡のリポーターとして登場する機会もあり、全国的にも知られることとなった。 2008年(平成20年)に結婚。直後に夫が東京へ転勤となったこともあり、2009年(平成21年)3月で静岡局を退局した。
後藤 和久(ごとう かずひさ、1977年 - )は、日本の地… 後藤 和久(ごとう かずひさ、1977年 - )は、日本の地質学者。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授。 1995年静岡県立掛川西高等学校卒業。1999年東北大学理学部地圏環境科学科卒業。2004年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了、博士(理学)。 同年東京大学研究拠点形成特任研究員。2005年東北大学大学院工学研究科助手。2007年東北大学大学院工学研究科助教。2010年千葉工業大学惑星探査研究センター上席研究員。2012年東北大学災害科学国際研究所准教授。2019年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授。専門は地質学。
久保田 崇(くぼた たかし、1976年(昭和51年)4月27… 久保田 崇(くぼた たかし、1976年(昭和51年)4月27日 - )は、日本の政治家。掛川市長(2期)。 掛川市城西出身。掛川市立西山口小学校、掛川市立東中学校、静岡県立掛川西高等学校を経て2000年、京都大学総合人間学部人間学科卒業。国家公務員一種試験(法律)に合格し、 2001年、内閣府入府(政策統括官(共生社会政策担当)付総括担当係員)。 2011年、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)発生後岩手県陸前高田市副市長に出向。2016年、立命館大学公務研究科教授。掛川市長松井三郎の招請を受け、2019年掛川市副市長に就任。 2021年2月、掛川市長選挙への立候補を表明。 同年4月18日の投開票の結果、元静岡県議会議員の東堂陽一ら4人を破り初当選した。
杉浦 佳子(すぎうら けいこ、1970年12月26日 - )… 杉浦 佳子(すぎうら けいこ、1970年12月26日 - )は、静岡県出身の女子自転車ロードレースおよびパラサイクリング C2→C3(高次脳機能障害など)・トライアスロン選手である。総合メディカル株式会社に所属。野口 佳子(のぐち けいこ)の名前で活動していた時期もあるが、2019年頃から現在の名前で活動している。 2021年開催の東京パラリンピック 自転車競技 金メダリスト。 息子はプロロードレーサーの野口悠真。 1970年12月26日生まれ、静岡県小笠郡城東村出身。合併により城東村が大東町となって以降も、そのまま大東町にて育つ。町内の大東町立中小学校を経て、大東町立城東中学校を卒業した。静岡県立掛川西高等学校を経て、東北薬科大学に進学した。
西 加南子(にし かなこ、旧姓:伊藤 加奈子(いとう かなこ… 西 加南子(にし かなこ、旧姓:伊藤 加奈子(いとう かなこ)、1970年〈昭和45年〉12月13日 - )は、日本の女子自転車競技選手。 静岡県出身。千葉県市川市在住。LUMINARIA所属。 静岡県掛川市城北町出身。静岡県立掛川西高等学校時代は陸上中長距離、日本大学短期大学部在学時にはトライアスロン、二松学舎大学編入学後はロードレースへ転向。 自転車ショップ「スポルトピーノ」に所属。 1994年に千葉県船橋市のズノウイーストに移籍。 1995年春に大学卒業後、本格的に自転車競技を開始し、初出場となる全日本自転車競技選手権大会では7位。 1998年にリマサンズ厚木に移籍。 リマサンズ解散に伴い、2000年にラバネロに移籍。
岡村 正広(おかむら まさひろ、1970年4月13日 - )… 岡村 正広(おかむら まさひろ、1970年4月13日 - )は、視覚障害の陸上競技・マラソン選手。静岡県御前崎市出身、 RUNWEB 所属、 IPC 陸上競技クラス T12 、身長 175cm 、体重 54kg 。 2016年、リオパラリンピックのマラソンで銅メダルを獲得。 2012年、ロンドンパラリンピックマラソン4位、2011年、IPC 陸上競技世界選手権大会マラソン銅メダル等で活躍。クラス T13 および T12 の 10000m 、マラソンの日本記録を樹立した。2008年、北京パラリンピックのマラソンには選手の伴走をするガイドランナーとして出場した。 1970年4月13日、静岡県小笠郡浜岡町(現在の御前崎市)に生まれる。
榛葉 賀津也(しんば かづや、1967年〈昭和42年〉4月2… 榛葉 賀津也(しんば かづや、1967年〈昭和42年〉4月25日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の参議院議員(5期)、同党幹事長(初代)。静岡県馬術連盟会長。 外務副大臣(野田第3次改造内閣)、防衛副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、菊川町議会議員(1期)、参議院東日本大震災復興特別委員長、同沖縄及び北方問題に関する特別委員長、同内閣委員長、同政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員長、同外交防衛委員長、国民民主党選挙対策委員長、旧国民民主党参議院幹事長、民進党参議院国会対策委員長、民主党参議院国会対策委員長を歴任した。父は静岡県議会議員、菊川町町長を務めた榛葉達男。 静岡県小笠郡菊川町で生まれる。
榛葉 昌寛(しんば まさひろ、1966年7月17日 - )は… 榛葉 昌寛(しんば まさひろ、1966年7月17日 - )は、日本のテノール歌手である。
榛葉 繁紀(しんば しげき、1963年 - )は、日本の薬学… 榛葉 繁紀(しんば しげき、1963年 - )は、日本の薬学博士、薬剤師。日本大学薬学部教授。 1963年生まれ。掛川市立西山口小学校卒業。掛川市立東中学校卒業。静岡県立掛川西高校卒業。静岡県立大学大学院薬学研究科修了。1991年から1995年にかけて米国ベイラー医科大学でリサーチアソシエート。1995年から日本大学薬学部 1991年静岡県立大学 薬学博士。 論文の題は「重水素の生物学的同位体効果 -クロレラの炭酸固定系に対する影響とその応用- 」。
榛葉 淳(しんば じゅん、1962年(昭和37年)11月15… 榛葉 淳(しんば じゅん、1962年(昭和37年)11月15日 - )は、日本の実業家。2017年4月現在、ソフトバンク代表取締役副社長兼COO他、ソフトバンクグループの複数の役員を兼務。 静岡県掛川市出身。掛川市立栄川中学校では野球部キャプテンとしてチームを県大会3位に導き、県立掛川西高校野球部では副キャプテンで活躍した。1985年 東京経済大学経営学部経営学科卒業後、新卒で株式会社日本ソフトバンク(現ソフトバンク株式会社)に入社。パソコン用パッケージソフトの営業からスタートし、1999年の同社分社化に伴いソフトバンク・コマース株式会社(ソフトバンクBB株式会社、ソフトバンクモバイル株式会社、現ソフトバンク株式会社)へコーポレートチャネル営業本部長として転籍。
長谷川 寬彦(はせがわ ひろひこ、1961年(昭和36年)9… 長谷川 寬彦(はせがわ ひろひこ、1961年(昭和36年)9月20日 - )は日本の政治家。静岡県菊川市長(2期)。 菊川市出身。静岡県立掛川西高等学校、駒澤大学経済学部、自治大学校会計コース卒業。 1984年、静岡県庁入庁。税務課長、交通基盤部理事などを歴任。2018年より天竜浜名湖鉄道社長に就任。 2020年10月、翌年1月に行われる菊川市長選挙への立候補を表明。2021年1月17日告示、24日投開票予定だったが告示日に長谷川以外の立候補者が現れなかったため、無投票で初当選した。 2025年1月19日告示、26日投開票の同市長選に投資家の横山正文を破り再選。※当日有権者数:36,163人 最終投票率:58.37% 開票結果は、当選 長谷川寬彦(63歳)無所属 現 16,696票(81.25%)、横山正文(57歳)無所属 新 3,852票(18.75%)だった。
所 十三(ところ じゅうぞう、1961年8月30日 - )は… 所 十三(ところ じゅうぞう、1961年8月30日 - )は、日本の漫画家。静岡県掛川市出身。静岡県立掛川西高等学校、駒澤大学卒業。本名:岡田 信幸(おかだ のぶゆき)。 駒澤大学漫画クラブOBの芳井一味と高橋葉介のアシスタントを務め、在学中に『ピントはずれのかぞく式』で講談社新人漫画賞佳作を受賞(受賞式には学生服姿で臨んでいる)、1984年(昭和59年)『月刊少年マガジン』で読み切り『名門!多古西応援団』にてデビュー。これが好評だったことから連載となる。この他にも『週刊少年マガジン』で連載した『疾風伝説 特攻の拓』などのような、硬派な世界の少年達の漫画を数多く手掛ける。最近では『DINO2』『白亜紀恐竜奇譚 竜の国のユタ』のような、かねてから興味を抱いていた恐竜をテーマにした漫画を中心に発表している。
大石 直弘(おおいし なおひろ、1960年7月18日 - )… 大石 直弘(おおいし なおひろ、1960年7月18日 - )は、静岡県天竜市(現:浜松市天竜区)出身の元プロ野球選手(投手)。
小澤 祥司(おざわしょうじ、1956年5月8日 - )は、日… 小澤 祥司(おざわしょうじ、1956年5月8日 - )は、日本の環境ジャーナリスト。科学ライター。静岡県出身。専門は生物多様性保全、再生可能エネルギー、環境エネルギー政策、持続可能な地域社会など。 静岡県立掛川西高等学校、東京大学農学部卒業。 大学卒業後出版社勤務の傍らサンゴ礁保全ボランティア活動に参加。1990年代自然環境教育・再生可能エネルギーの普及などを専門に活動。その後、環境問題や生物多様性、再生可能エネルギーをテーマにした取材・執筆活動を続ける。 宇都宮大学農学部、日本大学生物資源科学部などの非常勤講師を歴任。2010年代以降、科学トッピクスや近代史の分野に執筆の幅を広げる。 2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故後、京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)の今中哲二らとともに、放射能汚染に見舞われた飯舘村の放射能汚染調査を実施。
松下 誠(まつした まこと、1955年11月16日 - )は… 松下 誠(まつした まこと、1955年11月16日 - )は、静岡県掛川市出身のギタリスト、編曲家。 ヤマハ・ネム音楽院(現・ヤマハ音楽院)出身。エレクトリック・ギターを中心に演奏し、松田聖子や近藤真彦をはじめとする歌謡曲からポップスまで広範な仕事を請け負うスタジオ・ギタリスト。スタジオ・ミュージシャン・バンド「AB'S」「Paradigm Shift」のメンバー。ソロアルバム『First Light』はAOR、『THE PRESSURES AND THE PLEASURES』『QUIET SKIES』はプログレッシブ・ロック/フュージョン色が濃い演奏をこなす。 ギタリストとしての活動のほかに自身も歌い、コーラス・コーラスアレンジで近藤真彦、SMAP、KinKi Kidsなど、今昔にわたりジャニーズ事務所所属の多くの作品の男性コーラスを担当。
小長井 誠(こながい まこと、1949年 - )は、日本の太… 小長井 誠(こながい まこと、1949年 - )は、日本の太陽光発電の研究者。東京工業大学名誉教授、東京都市大学特別教授。東京工業大学教授、応用物理学会会長等を務める。太陽電池、特に薄膜太陽電池に関する業績が多い。半導体や太陽電池の物性に関する教科書の著作も複数ある。 静岡県掛川市生まれ。1968年、静岡県立掛川西高等学校卒業。1972年、東京工業大学工学部電子工学科卒業。1974年、東京工業大学大学院理工学研究科電子工学専攻修士課程修了。1977年、東京工業大学大学院理工学研究科電子工学専攻卒、同年助手。同期に久間和生など。高橋清研究室出身。 1981年助教授、1991年教授、2001年副学長総括補佐、研究戦略室室長補佐兼務、2008年評議員、太陽光発電システム研究センター長兼務。
かまち よしろう(本名:村松 芳郎、1949年 - )は、日… かまち よしろう(本名:村松 芳郎、1949年 - )は、日本の漫画家。 静岡県磐田郡豊岡村(現・磐田市)上野部出身、静岡県立掛川西高等学校、早稲田大学文学部卒業。 漫画を描き始めたのは小学三年生の頃で、クラスに絵の上手な友達がいて、当時人気のあった『鉄人28号』や『赤胴鈴之助』のキャラクターをお互い上手だねとほめ合いながら描いたのが最初であった。高校生時代に当時朝日新聞に連載されていた『サザエさん』や『フジ三太郎』に影響され、漫画家を志す。大学在学中は漫画研究部に所属し、卒業後、谷岡ヤスジのアシスタントを経て独立。 その後は青年・成人向け漫画雑誌や4コマ漫画誌を中心に4コマ漫画を多数描く。旧ペンネームは「鎌地ヨシロウ」「かまちヨシロウ」だったが、現在は「かまちよしろう」に統一している。
高須 基仁(たかす もとじ、1947年(昭和22年)12月9… 高須 基仁(たかす もとじ、1947年(昭和22年)12月9日 - 2019年(令和元年)9月17日)は、日本の出版プロデューサーで、モッツ出版株式会社の代表取締役。息子は編集者・格闘技ライターの高須基一朗。姪はフリーアナウンサーの高須沙知子。 静岡県掛川市出身。静岡県立掛川西高等学校、中央大学法学部卒業。中央大学在学中は銀座松屋のおもちゃ売場でアルバイトをしながら、全学連活動家として学生運動に従事。1968年(昭和43年)の10・21国際反戦デーで、丸太を片手に防衛庁(現・防衛省)への侵入を図り、凶器準備集合罪と公務執行妨害の嫌疑で逮捕される。 大学を卒業後、玩具メーカーのトミーに入社。トミカ、プラレール、UNOなどの商品に携わる。
朝比奈 豊(あさひな ゆたか、1947年(昭和22年)9月1… 朝比奈 豊(あさひな ゆたか、1947年(昭和22年)9月14日 - )は、日本のジャーナリスト、実業家。毎日新聞グループホールディングス社長、毎日新聞社社長を務めた。 静岡県御前崎市出身。 静岡県立掛川西高等学校を経て、1966年(昭和41年)に東京大学理科2類に進学。同大学農学部農業経済学科を卒業後、71年7月に毎日新聞社に入社。社会部畑を歩む。浦和支局長、東京本社社会部長、編集局次長を経て、02年に東京本社編集局長、04年に取締役に選任、06年6月には常務・主筆に就任した。 2008年(平成20年)6月25日、社長に昇格するが、毎日デイリーニューズWaiWai問題を受け、毎日新聞社は監督責任を問い、27日、当時担当役員だった朝比奈の役員報酬返上10%1ヶ月の懲戒処分を発表した。
松井 三郎(まつい さぶろう、1946年〈昭和21年〉10月… 松井 三郎(まつい さぶろう、1946年〈昭和21年〉10月6日 - )は、日本の政治家。 静岡県小笠郡大須賀町助役、静岡県庁生活文化部ワールドカップ推進室室長、静岡県庁総務部防災計画室室長、社団法人静岡県建設産業団体連合会専務理事、静岡県議会議員(2期)、掛川市長(3期)などを歴任した。 1946年10月6日、静岡県小笠郡掛川町(のちの掛川市)にて生まれた。掛川市立第一小学校、掛川市立東中学校を経て、静岡県立掛川西高等学校に進学した。高等学校卒業後は、上京して早稲田大学に進学し、政治経済学部の政治学科にて学んだ。 大学卒業後は、静岡県庁に入庁した。企画調整部の秘書課にて調整主幹を務めたのち、環境文化部の環境企画課にて企画調整主幹を務めた。
天野 博江(あまの ひろえ、1943年11月 - )は、岐阜… 天野 博江(あまの ひろえ、1943年11月 - )は、岐阜県出身のバドミントン選手。 静岡県立掛川西高等学校時代にバドミントンを始め、全国高等学校選抜バドミントン大会で個人3位、団体2位に入る活躍を見せた。日本女子体育短期大学に進学し1964年卒業。 卒業後は、高木紀子とのペアで1964年から1967年まで全日本総合バドミントン選手権大会女子ダブルスで4連覇した。ユーバー杯の代表に選ばれており、1966年と1969年に優勝している。 引退後は 東海学院大学短期大学部の教授を務めており、現在は児童教育学科の教授を務めている。
中山 紀子(なかやま のりこ、旧姓:高木、1943年5月30… 中山 紀子(なかやま のりこ、旧姓:高木、1943年5月30日 -)は、日本のバドミントン選手。1972年全英オープンシングルスチャンピオン。ミュンヘンオリンピック(公開競技)金メダリスト。 静岡県掛川市出身。静岡県立掛川西高等学校でバドミントンを始める。日本女子体育短期大学に進学し、1962年の全日本総合バドミントン選手権大会女子シングルスと女子ダブルスで初優勝。 1966年、ニュージーランドのウェリントンで開催された第4回ユーバー杯で日本の初優勝に貢献。1969年の第5回大会、1972年の第6回大会も日本ナショナルチーム主将として優勝し3連覇を達成。 世界選手権がまだ開始されていなかった当時、個人戦の世界最高峰大会だった全英オープンでは1967年大会の女子シングルスで決勝進出を果たし、アメリカのジュディ・ハッシュマン(Judy Hashman)に5-11, 11–8, 12-10で敗れたが、同種目日本勢初の準優勝。
鷲山 恭彦(わしやま やすひこ、1943年2月27日 - )… 鷲山 恭彦(わしやま やすひこ、1943年2月27日 - )は、日本の文学者(ドイツ文学・ドイツ社会思想)。学位は文学修士(東京大学・1970年)。公益社団法人大日本報徳社社長(第8代)、東京学芸大学名誉教授。松本亀次郎記念日中友好国際交流の会会長。 新潟大学教養部講師、東京学芸大学教育学部教授、東京学芸大学教育学部主事、東京学芸大学附属図書館館長、東京学芸大学学長(第10代)、国立大学法人奈良教育大学理事、独立行政法人国立青少年教育振興機構監事などを歴任した。 1943年、静岡県小笠郡土方村に生まれる。肺結核により中学校を1年間休学したものの、静岡県立掛川西高等学校を経て、東京大学に入学した。
山川 紘矢(やまかわ こうや、1941年11月21日 - )… 山川 紘矢(やまかわ こうや、1941年11月21日 - )は、日本の精神世界・スピリチュアル系の翻訳家、著作家、講演家。スピリットダンス主催、セミナー講師。翻訳は妻の山川亜希子と共に行っている(なお「紘矢」「亜希子」はペンネームである)。 静岡県引佐郡引佐町(現・浜松市浜名区)生まれ。静岡県立掛川西高等学校を経て東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、大蔵省(現・財務省)に入省(国有財産局総務課)。その後は外務省に出向し在マレーシア日本国大使館で3年間、外交官として勤務。1971年7月 加治木税務署長。1972年7月 大臣官房秘書課長補佐(財務官室)心得。1973年7月よりハワイ大学大学院、シカゴ大学大学院で学ぶ。
清水 真砂子(しみず まさこ、旧字体: 淸水 眞砂子、194… 清水 真砂子(しみず まさこ、旧字体: 淸水 眞砂子、1941年<昭和16年>5月27日 - )は、日本の翻訳家・児童文学研究者。青山学院女子短期大学名誉教授。 アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』の翻訳で知られ、児童文学に関する評論・著作も多い。 1941年、朝鮮北部に生まれる。1946年春、両親の故郷である静岡県掛川に引き揚げた。 静岡大学教育学部卒業後、静岡県立高校で英語教諭を9年間務めたのち、1976年4月から2010年3月まで青山学院女子短期大学の専任教員を務め、退職後は名誉教授となった。 1968年から児童文学の翻訳および評論の仕事を始め、1974年に評論「石井桃子論」で第7回日本児童文学者協会新人賞を受賞した。
石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - … 石川 嘉延(いしかわ よしのぶ、1940年11月24日 - )は、日本の自治官僚、政治家、行政学者(専門は地方自治)。勲等は旭日大綬章。日本大学国際関係学部客員教授。「嘉延」の読みは「よしのぶ」が正式だが、「かえん」と呼ばれることもある。 静岡県知事(第49〜52代)、内閣府中央防災会議委員、地震調査研究推進本部政策委員会委員、全国知事会理事・災害対策委員会委員長、学校法人静岡文化芸術大学理事長などを歴任した。 日本統治時代の台湾生まれ。両親はいずれも静岡県出身の日本人だが仕事の都合で台湾に滞在しており、石川は生後5年間を台湾で過ごした。1945年の終戦にともない、家族の故郷である静岡県小笠郡佐束村(現掛川市)に引き揚げた。
村松 岐夫(むらまつ みちお、1940年1月3日 - )は、… 村松 岐夫(むらまつ みちお、1940年1月3日 - )は、日本の政治学者。専門は、行政学・地方自治論。学位は、法学博士(京都大学・1984年)。京都大学名誉教授。日本学士院会員、文化功労者。瑞宝中綬章。 京都大学法学部教授、京都大学評議員、京都大学大学院法学研究科教授、京都大学大学院法学研究科研究科長、京都大学法学部学部長、学習院大学法学部教授などを歴任した。 静岡県出身の政治学者である。政治学界で従来主流を占めていた官僚優位論に疑問を持ち、新たに政党優位論を提唱した。さらに、戦前戦後断絶論の見地から、日本の行政官僚制や地方公共団体を実証的に分析し、太平洋戦争後の日本の政治体制は多元的な統治構造を持つことを明らかにした。
後藤 晃吾(ごとう こうご、1940年 - 2023年12月… 後藤 晃吾(ごとう こうご、1940年 - 2023年12月24日)は、静岡県島田市出身のアマチュア野球選手(投手)。 榛原郡金谷町(現島田市)出身で、金谷中学時は県下に知られた投手。掛川西高では2年生の時、エースとして1957年夏の甲子園予選山静大会決勝に進み清水東高と対戦。後に大学の1年先輩となる漆畑勝久や早大に進む鈴木悳夫らに打ち崩され大敗、甲子園出場を逸する。 明治大学に進学。東京六大学野球リーグでは、同期の八木孝と投の二本柱を組み1961年春季リーグで優勝、ベストナイン(投手)にも選出される。同年の全日本大学野球選手権大会に出場するが、準決勝でエース宮田征典を擁する日大に敗れた。リーグ通算43試合13勝10敗、防御率1.87、96奪三振。
黒田 淳之助(くろだ じゅんのすけ、1938年 - )は、日… 黒田 淳之助(くろだ じゅんのすけ、1938年 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。大井川右岸土地改良区理事長。静岡県小笠郡小笠町町長、静岡県菊川市市長職務執行者を歴任した。 静岡県立掛川西高等学校を経て、東京農業大学農学部を卒業した。 1989年、静岡県小笠郡小笠町の町長に就任し、デイサービス事業の拡充など、主に福祉施策に重点をおいて活動した。 隣の菊川町との合併交渉をまとめ、発足した菊川市では市長職が決まるまでの間の市長職務執行者を務めた。しかし、菊川町対小笠町という対立を避けたいとの意向を示し、市長選挙では菊川町の町長太田順一を推し、自らは身を引いた。2005年からは、大井川右岸土地改良区理事長を務めている。
栗田 子郎(くりた しろう、1936年5月16日 - 201… 栗田 子郎(くりた しろう、1936年5月16日 - 2019年8月22日)は、日本の植物学者。千葉大学名誉教授。理学博士(東京都立大学 (1949-2011))。日本植物学会、アメリカ植物学会、国際シダ学会他、会員。 静岡県掛川市に生まれた。1958年に東京教育大学理学部生物学科を卒業し、1962年に、千葉大学文理学部生物学科助手、1971年に理学部生物学科助教授、1992年に教授となった。シダ植物の染色体の構造を観察し、シダ植物の進化の道筋とその仕組みのを明らかにする研究などを行った。研究室の学生が種子を作らず球根の分裂で繁殖する日本産のヒガンバナを研究テーマに選び、日本各地の集団間の染色体の変異の有無を調べる研究を行うことになったことから、東アジアのヒガンバナ科の研究を行い、その経緯と成果を一般向けの科学書『ヒガンバナの博物誌』として発表した。
柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月… 柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月18日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。静岡県農業共済組合連合会会長理事、特定非営利活動法人日本茶インストラクター協会理事長。報道等では柳沢 伯夫とも表記される。 衆議院議員(8期)、国土庁長官(第31代)、金融再生担当大臣(小渕内閣)、金融再生委員会委員長(初・第7代)、金融担当大臣(初代)、自由民主党税制調査会会長、厚生労働大臣(第7代)、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授、城西国際大学学長、社団法人日本茶業中央会会長、静岡県土地改良事業団体連合会会長、全国土地改良事業団体連合会理事、河村電器産業株式会社監査役(非常勤)などを現任・歴任。
岡本 教平(おかもと きょうへい、1934年11月21日 -… 岡本 教平(おかもと きょうへい、1934年11月21日 - 没年不明)は、静岡県掛川市出身のプロ野球選手。
榛村 純一(しんむら じゅんいち、1934年(昭和9年)7月… 榛村 純一(しんむら じゅんいち、1934年(昭和9年)7月12日 - 2018年(平成30年)3月7日)は、日本の政治家。旧掛川市長(第8〜14代)、社団法人大日本報徳社社長を歴任した。 早稲田大学卒業後、家業である林業と製材業の経営に携わり、掛川市森林組合の組合長や静岡県森林組合連合会の会長といった林業団体の役職を歴任した。静岡県監査委員などを経て、1977年に旧掛川市長選挙に立候補し、当選を果たした。以来、連続7期にわたって旧掛川市長を務めた。在任中は生涯学習の推進を提唱し、全国生涯学習市町村協議会や全国地域づくり推進協議会にて会長を務めた。また、東海道新幹線掛川駅や東名高速道路掛川インターチェンジの設置や、掛川城の復元などを推進した。
田辺昭三(たなべ しょうぞう、1933年(昭和8年)8月8日… 田辺昭三(たなべ しょうぞう、1933年(昭和8年)8月8日 - 2006年(平成18年)2月20日)は、日本の考古学者。須恵器の研究や、日本における水中考古学の研究に先鞭をつけたことで知られる[要出典]。奈良大学助教授となり、後に同教授に昇格。京都市埋蔵文化財研究所調査部長、京都芸術短期大学教授・京都造形芸術大学教授、神戸山手大学教授。 1933年、静岡県小笠郡菊川町(現菊川市)で生まれた。中学生だった1948年、登呂遺跡の発掘調査に参加。同年、菊川市の白岩遺跡の発掘調査も手伝った。この際東洋大学教授の和島誠一に出会い、強い影響を受けた。これらの経験を通して、早くから考古学に傾倒していった。1952年、静岡県立掛川西高等学校を卒業。
三戸岡 道夫(みとおか みちお、本名:大貫満雄、1928年(… 三戸岡 道夫(みとおか みちお、本名:大貫満雄、1928年(昭和3年) - )は、日本の作家、実業家。 静岡県浜松市出身。静岡県立掛川西高等学校を経て東京大学法学部を卒業後協和銀行に入行し、副頭取を最後に退職する。その後は文筆活動に専念する。 社団法人大日本報徳社にて副社長に就任し、二宮尊徳や報徳思想にまつわる書籍も著している。会社法に関する専門書を上梓した同姓同名(本名)が存在していたが、別の人物。 日本ペンクラブ会員。
荒川 宗一(あらかわ そういち、1925年9月1日 - 20… 荒川 宗一(あらかわ そういち、1925年9月1日 - 2010年8月24日)は、静岡県出身のプロ野球選手(外野手)。
角替 武(つのがえ たけし、1922年(大正11年)2月9日… 角替 武(つのがえ たけし、1922年(大正11年)2月9日 - 2006年(平成18年)1月3日)は、日本の元陸軍軍人および実業家。陸士55期次席。日本航空常務取締役、日本アジア航空代表取締役社長および名誉顧問。 静岡県掛川市出身。1936年(昭和11年)4月、掛川中学校(現:静岡県立掛川西高等学校)より東京陸軍幼年学校に転学。1941年(昭和16年)に陸軍士官学校卒業後、満州・東安駐屯の歩兵第22連隊に配属される。大戦末期、内地の陸軍士官学校区隊長(58期・60期担当)に発令され、陸軍大尉で終戦を迎える。 戦後は公職追放を受ける。1952年9月、東京大学法学部卒。1953年に日本航空に入社、経理課長、ロンドン支店長、運送本部管理部長、経営管理室長を経て1979年6月より常務取締役。
山崎 諭(やまざき さとる、1922年 - 2000年4月1… 山崎 諭(やまざき さとる、1922年 - 2000年4月19日)は、日本のアマチュア野球選手、アマチュア野球指導者。
村松 幸雄(むらまつ ゆきお、1920年3月6日 - 194… 村松 幸雄(むらまつ ゆきお、1920年3月6日 - 1944年7月25日)は、静岡県出身のプロ野球選手。ポジションは投手。
天野 竹一(あまの たけいち、1920年 - )は、静岡県出… 天野 竹一(あまの たけいち、1920年 - )は、静岡県出身のプロ野球選手。
鵜藤 俊平(うとう しゅんぺい、1918年12月1日 - )… 鵜藤 俊平(うとう しゅんぺい、1918年12月1日 - )は、日本の水泳選手。1936年ベルリンオリンピック400メートル自由形で銀メダル、1500メートル自由形で銅メダルを獲得している。立教大学出身。
橋本 梧郎(はしもと ごろう、1913年 - 2008年8月… 橋本 梧郎(はしもと ごろう、1913年 - 2008年8月26日)は、ブラジルの生物学者(植物学)、博物学者。勲等は勲五等。学位は名誉博士(静岡県立大学)。称号は小笠町名誉町民。サンパウロ博物研究会顧問。 1913年生まれ。静岡県小笠郡小笠町出身。 静岡県立掛川中学校卒業。 1934年、単身ブラジルに渡る。ブラジルの農学校を卒業して以来、博物館職員や学校教師としての活動のかたわら植物採集を続けた。生涯をかけて集めた標本は10万とも15万ともいわれ、個人が所蔵する植物標本としては世界最大である。1950年、植物愛好家らを組織化しサンパウロ博物研究会を設立した。 ブラジルに帰化し、サンパウロ州サンパウロ市にて植物研究を続けていたが、2008年、多臓器不全により死去。
榛葉 英治(しんば えいじ、1912年〈大正元年〉10月21… 榛葉 英治(しんば えいじ、1912年〈大正元年〉10月21日 - 1999年〈平成11年〉2月20日)は、日本の小説家である。 静岡県掛川市生まれ。静岡県立掛川中学校(現在の静岡県立掛川西高等学校)を経て、早稲田大学英文科卒業。満洲国外交部に勤める。敗戦後引き揚げ、仙台市の東北連絡調整事務局に勤務したが、1948年、辞職、上京して創作活動に専念、多くの通俗小説を書く。初期作品に『渦』『淵』『流れ』三部作がある。1958年の『赤い雪』は敗戦時の満洲の混乱を描き、直木賞受賞。 外祖父の村岡素一郎は民間史論家で、徳川家康の出自に関して独自の研究を行った。
大石 初太郎(おおいし はつたろう、1911年12月13日 … 大石 初太郎(おおいし はつたろう、1911年12月13日 - 2003年5月25日)は、日本の国語学者、国立国語研究所名誉所員。 静岡県出身。静岡県立掛川中学校(現在の静岡県立掛川西高等学校)を経て、1939年東京文理科大学国文科卒業。国立国語研究所所員、専修大学教授、1982年定年となり文教大学教授を務めた。現代口語を研究し、『敬語』はロングセラーとなった。 1988年、勲四等瑞宝章を受章。2003年5月25日、呼吸不全のため死去。