金田 義倫(かねだ よしのり、1945年5月6日 - 2020年3月22日)は、京都府中郡峰山町(現:京丹後市)出身の日本のプロ野球選手(投手)、スコアラー。プロの現役時代はほぼ打撃投手として活動した。 父は峰山町で建設会社を営んでいた。 京都府立峰山高等学校時代はエースとして活躍し、1962年夏の全国高校野球京都府大会の準優勝に貢献した。高校のコースは機械科だった。 1964年に阪急ブレーブスに入団。3年生夏の府大会の2回戦の際に、監督の西本幸雄が視察に来ており、これが入団の決め手になった。高校の10年先輩だった野村克也のいる南海ホークスへの入団が周囲では取り沙汰されて新聞にも出たため、怒った父が「契約金はいくらでも結構」という条件で阪急の球団事務所に電話で申し入れたという。
出典:ウィキペディア「金田義倫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
