山崎 博昭(やまざき ひろあき、1948年11月12日 - 1967年10月8日)は、日本の学生活動家である。第1次羽田事件で死亡した学生として知られる。 高知県生まれ。大阪市立茨田中学校、大阪府立大手前高等学校卒業。1967年京都大学文学部に入学し、同年4月に革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)に参加。高校時代は「大手前高校社研(社会研究会)」で活動したほか、中核派系の反戦高協大阪府委員会結成に参加している。デモや集会に度々参加し、砂川闘争にも加わっていた。 1967年10月8日の第1次羽田事件(佐藤栄作首相の南ベトナム訪問阻止運動)に参加。羽田空港への突入を図る学生らと機動隊が海老取川に架かる弁天橋で激しい攻防を展開し、機動隊から奪った警備車兼放水車を暴走させるなど学生が激しく機動隊を攻撃する中、警備車が通った後に倒れているのを発見された。
出典:ウィキペディア「山崎博昭」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
