有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
宇

宇野要三郎

うの ようざぶろう
Wiki ↗

宇野 要三郎(うの ようざぶろう、1878年9月15日 - 1969年3月22日)は、日本の裁判官・弓道範士(10段)。大審院部長。終戦後に全日本弓道連盟を組織し、その初代会長を務めた。号は竹隠。 青森県黒石市出身。父は大地主で貴族院議員も務めた宇野清左衛門である。 青森県立弘前中学校(現・青森県立弘前高等学校)から第二高等学校を経て、京都帝国大学に進む。1904年、京都帝国大学法科大学独法科を卒業し、同年判事に任官する。初任は神戸地方裁判所。横浜地方裁判所や東京地方裁判所の所長を務めた後、1934年に大審院部長となる(1941年に定年退官)。 終戦後は1947年から第一東京弁護士会に登録する弁護士となり、1952年には公安審査委員会委員長も務めた(1956年退任)。

出典:ウィキペディア「宇野要三郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋