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梅

梅林孝次

うめばやし たかつぐ
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梅林 孝次(うめばやし たかつぐ、 1908年〈明治41年〉 - 1937年〈昭和12年〉8月16日)は日本の海軍軍人。最終階級は海軍大尉(殉職により一階級死後進級)。海軍陸攻搭乗員。 揚州への渡洋爆撃に指揮官代理として参加し、中華民国空軍戦闘機との戦闘で乗機が撃墜された際、黒煙の中から僚機に白いハンカチを振って別れを告げて自爆したことから、その散り際の見事さが戦場美談として伝えられた。 兵庫県神戸市にて卸売業・梅林行運とさきの次男として生まれる。神戸市・楠尋常小学校に入学、翌年、武庫郡(現・芦屋市)の精道小学校に転校。1920年(大正9年)、第一神戸中学校(現:兵庫県立神戸高等学校)に進学するが、父が徳島県の那賀郡桑野村阿瀬比(現阿南市阿瀬比町)にて大理石の採掘を始めたため、1922年(大正11年)、一家で徳島市富浦町東富田に移り住み、徳島中学校(現:徳島県立城南高等学校)に転校。

出典:ウィキペディア「梅林孝次」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋