上田 武司(うえだ たけし、1946年3月16日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(投手、内野手)・コーチ、評論家。 鳴尾高校ではエースとして活躍。3年次の1963年5月には、同年に夏の甲子園で優勝する明星高との練習試合で好投し、注目を浴びる。夏季兵庫大会では準々決勝に進出するが、宮本幸信、後にプロでチームメイトとなる吉田孝司のバッテリーを擁する市神港高に敗退。 卒業後の1964年に読売ジャイアンツへ入団。 1965年に内野手へ転向。1967年にはイースタン・リーグで打率.356をマークして首位打者、本塁打王にも輝いて二冠を獲得。 1969年9月8日のアトムズ戦(神宮)で浅野啓司から6年目で初のソロ本塁打を放つ。
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