藤尾 茂(ふじお しげる、1934年〈昭和9年〉10月8日 - 2022年〈令和4年〉10月8日)は、兵庫県西宮市出身のプロ野球選手(捕手、外野手)。 兵庫県西宮市の代々歯科医を開業する家の男3人兄弟の末っ子として生まれる。長兄は小児科医、次兄は歯科医で、父親は藤尾を外科医にする希望を持っていたという。実家は甲子園球場から徒歩20分ほどの場所にあり、球場の声援が家まで聞こえたが、藤尾自身は小学生の頃から巨人ファンであった。 小学校時代から中田昌宏とバッテリーを組み、1950年に鳴尾高に揃って入学。1951年の春の選抜では六番打者、三塁手として出場。決勝に進出するが鳴門高に9回サヨナラ逆転負けを喫した。
出典:ウィキペディア「藤尾茂」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
