菅谷 定彦(すがや さだひこ、1939年1月7日 - )は、日本の新聞記者、実業家。日本経済新聞記者、同専務取締役後、テレビ東京社長、同会長を経て、現在は学校法人渡辺学園(東京家政大学等を運営)理事長。 兵庫県出身。妻は清泉女子大学副学長を務めた菅谷孝子。 中学校から大学までテニス選手として活躍し 、1957年には広瀬均(後にデビスカップ日本代表選手、監督)とのコンビで全日本ジュニアテニス選手権男子ダブルスで優勝している。 テレビ東京の社長としては、月1回のペース(年9 - 10回)で行われる社長定例会見において、本来経営者としてタブーであるライバル局への攻撃や個人としての私見などの発言をすることで有名であった。
出典:ウィキペディア「菅谷定彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
