麿 赤兒(まろ あかじ、本名:大森 宏、1943年2月23日 - )は、日本の俳優、舞踏家、演出家。暗黒舞踏集団・大駱駝艦主宰。所属事務所は同傘下の芸能事務所・キャメルアーツ。 父は海軍大佐の大森潤一(海兵54期卒)。長男は映画監督の大森立嗣、次男は俳優の大森南朋。 石川県金沢市生まれ。父親の潤一は大日本帝国海軍の軍人(中佐)で、第一航空艦隊参謀としてテニアン島に赴任。1944年(昭和19年)7月から始まるテニアンの戦いに参加して、翌8月2日、角田覚治司令長官らと塹壕に設えた司令部にて手榴弾で自決した(死後特進して大佐)。また母親の裕子が夫の戦死をきっかけに精神を病んだため、小学5年生の時に奈良県桜井市三輪山麓に住むおじ夫婦に預けられる。
出典:ウィキペディア「麿赤兒」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
