田村 純一(たむら じゅんいち、1907年〈明治40年〉9月4日 - 2000年〈平成12年〉)は、日本の政治家、実業家。久米桜酒造会長。鳥取県公安委員会委員長。 鳥取県米子市糀町出身。父・田村源太郎、母・あさの長男。家業は肥料商、酒造業。米子中学校を経て1929年、神戸高商を卒業、同年に田村源太郎商店に入り、酒造肥料商に従事する。1939年に米子市会議員に当選、1943年に再選する。米子市翼賛壮年団長をつとめる。 企業整備により家業を転廃業、米子境商業統制組合、米子市総合配給所の各専務理事に就任する。1947年、公職追放を受け、同年に久米桜酒造を創立し社長に就任。1952年、米子市教育委員に当選する。
出典:ウィキペディア「田村純一 (実業家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
