金藤 英夫(かねとう ひでお、旧姓・石橋、1886年〈明治19年〉2月6日 - 1977年〈昭和52年〉10月27日)は、日本の実業家、政治家。金藤家第12代当主。 島根県簸川郡平田町(のちの平田市、現・出雲市)生まれ。石橋孫八の五男、あるいは八男。石橋正彦の弟。金藤秀四郎の養子、あるいは金藤米太郎の養子となる。また金藤シミの入夫となる。 松江中学校、第五高等学校を経て、1913年に東京帝国大学法科大学独法科を卒業。米子製鋼所支配人、米子銀行常務取締役、赤江村長などをつとめる。 宗教は真宗、仏教。書画、骨董に親しむ。趣味は運動、政治。住所は島根県能義郡赤江村東赤江(現・安来市)。
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