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岡崎文吉

おかざき ぶんきち
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岡崎文吉(おかざき ぶんきち、1872年(明治5年)- 1945年(昭和20年))は日本の治水技術者。北海道庁の技師として、石狩川の治水計画の基礎を築いた人物。長男の岡崎一夫は自由法曹団団長を務めた弁護士。 岡山県に士族岡崎壽の長男として生まれる。岡山尋常中学校(現在の岡山県立岡山朝日高等学校)を経て、17歳と年齢をごまかし、15歳で札幌農学校工学科に1期生として入学。授業料免除で学資も給付される校費生として、「港湾工学の父」と称せられる広井勇のもとで学ぶ。卒業後は給費研究生となり、21歳の若さで札幌農学校助教授に就任。1896年(明治29年)、北海道庁の技師に任ぜられる。当時の北海道庁長官北垣国道は排水路を運河として活用することを意識しており、札幌・茨戸間運河(現在の創成川)、花畔・銭函間運河、幌向運河、馬追運河の設計と技術を担当した。

出典:ウィキペディア「岡崎文吉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋