坂本 文子(さかもと ふみこ、1908年〈明治41年〉 - 1988年〈昭和63年〉6月26日)は、日本の平和運動家。広島県広島市中区の千田保育園初代園長。広島市への原子爆弾投下による被爆者の1人。広島県広島市天神町(後の中区中島町)出身、広島市立第一高等女学校(以下、市女と略。後の広島市立舟入高等学校)卒業。 天神町の酒屋の長女として誕生。市女を卒業した後、19歳で結婚し、1男1女に恵まれた。 広島市舟入本町在住であった1945年(昭和20年)8月6日、広島市に原子爆弾が投下された。当時13歳の長女は爆心地からわずか500メートルの場所で建物疎開に動員されていために重傷を負い、その日の内に母の目の前で死去した。
出典:ウィキペディア「坂本文子 (平和運動家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
