石風呂 良一(いしぶろ りょういち、1923年6月27日 - 1985年5月12日)は、広島県出身のプロ野球選手。 広島県立忠海中学校卒業後、広島県内の運送会社のノンプロチーム(会社名不明)に所属。1949年11月に24歳で大阪タイガースへ入団。入団から間もない11月16日の対阪急戦(明石)でプロ初登板・初先発。初回から四球連発で痛打を浴び、1アウトもとれずに降板、4失点で敗戦投手となった。「カーブも投げらない者を先発させるとは」と内外から批判され、この先発起用が若林忠志監督退団の切っ掛けといわれる。この後、一軍で登板することはなく、1951年に引退した。このため、石風呂の通算防御率は、算出不可能(無限大)となっている。
出典:ウィキペディア「石風呂良一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
