采谷 義秋(うねたに よしあき、1944年10月6日 - 2022年11月5日)は、日本のマラソン選手。"元祖"市民ランナー。 広島県呉市広長浜生まれ。広島電機大学附属高校(現広島国際学院高校)機械科卒業。高校2年時の1962年全国高校駅伝では、4区区間賞で全国3位に貢献した。 1963年、体育教師になるため日本体育大学健康学科に進学。日体大は当時、長距離・マラソンの一級選手は出ておらず、采谷は特定のコーチにつかず独自のプログラムを作り練習した。健康学科の授業を通して、自身の体調を科学的に分析し、また力学から足の運び、重心の置き方を研究するなど、つねに科学的なトレーニングを消化することに務める。
出典:ウィキペディア「采谷義秋」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
