黒川 芳正(くろかわ よしまさ、1948年1月26日 - )は、日本の新左翼活動家。元東アジア反日武装戦線「さそり」メンバー。受刑者である。 山口県立宇部高等学校を卒業後、東京都立大学文学部哲学科に進学。その後、中核派の活動家となった黒川は佐藤首相訪米阻止闘争、1968年には佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争に参加。その後、中核派からは離れたが、東大安田講堂事件で武装闘争を決意した。 山谷や釜ヶ崎といった寄せ場で日雇い労働を行いつつ暴力手配師追放釜ヶ崎共闘会議や山谷底辺委員会に関与した。 佐々木規夫を通じて大道寺将司に会い、東アジア反日武装戦線に参加。1974年に「さそり」を結成し、底辺委員会メンバーの宇賀神寿一や桐島聡とともに連続企業爆破事件を起こす。
出典:ウィキペディア「黒川芳正」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
