奥平 剛士(おくだいら つよし、1945年(昭和20年)7月21日 - 1972年(昭和47年)5月30日)は、日本の新左翼活動家、テロリスト、革命家。日本赤軍創設メンバーで最高幹部。同じく日本赤軍メンバーの重信房子は戸籍上の妻、奥平純三は弟。重信など関係者の手記、支援者間の会報等ではアラブ名「バーシム」と書かれていることがある。 山口県下関市生まれ。1960年に山口県立下関西高等学校に入学したが、6月に岡山県立岡山朝日高等学校に転校。 1964年、京都大学工学部に入学。在学中の奥平は京都・九条でセツルメント活動をしており、日本共産党系の青年団体である日本民主青年同盟(民青同盟)の同盟員にもなっていた。
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