久保山 由清(くぼやま よしきよ、1976年7月21日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはFW。 横浜フリューゲルス入団当初はトップ下として活躍。ジーニョが出場停止時に背番号10を背負うなど、クラブから期待された選手であった。 後にFWとして起用され、頭角を現し始めた1998年にクラブが消滅するという決定が下される。横浜Fの最後の試合となった天皇杯決勝清水エスパルス戦で持ち前の反転の速さを生かし芸術的なターンで戸田和幸を翻弄しゴールを決めている。 クラブ消滅に伴い、1999年に清水エスパルスに移籍。チーム最多の年間12得点を挙げ2ndステージ優勝に大きく貢献。
出典:ウィキペディア「久保山由清」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
