国岡 恵治(くにおか けいじ、1952年3月8日 - )は、徳島県美馬郡脇町出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 鴨島商業高校では1968年、2年生の時に四番打者、一塁手、控え投手として夏の甲子園に出場。2回戦(初戦)で盛岡一高に敗退。この試合でリリーフとして甲子園初登板を果たす。1969年夏はエースとして南四国大会決勝に進むが、高知商の中沢一彦(法大-三菱自動車川崎)と投げ合い敗退、甲子園には届かなかった。 1969年ドラフト会議で阪急ブレーブスから2位指名を受け入団。左の本格派でカーブを武器とし、梶本二世と期待される。1970年には10試合に登板、10月23日にはロッテを相手に初先発を果たす。
出典:ウィキペディア「国岡恵治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
