松本 昇(まつもと のぼる、1886年(明治19年)5月27日 – 1954年(昭和29年)6月9日)は、明治末から昭和前期の実業家、政治家。参議院議員(1期)、資生堂社長。 香川県阿野郡、のちの端岡村(綾歌郡端岡村、国分寺町端岡、現高松市)で、松本彦三郎の二男として生まれた。生家は代々、香川郡、阿野郡、鵜足郡の三郡で地頭を務めた旧家。高松商業学校(現香川県立高松商業高等学校)を経て早稲田大学商科で学んだ。同大を中退して1905年(明治38年)アメリカに留学し、アスベリパーク・ハイスクールを経て、ニューヨーク市の百貨店シンプソン・クロフォード商会で昼に勤務し、夜はニューヨーク大学商科に通学して1909年(明治42年)に同大を卒業。
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