中村 純一(なかむら じゅんいち、1901年(明治34年)10月28日 - 1985年(昭和60年)10月2日)は、昭和期の逓信官僚、政治家。衆議院議員、愛媛県宇和島市長。 愛媛県北宇和郡宇和島町(現宇和島市)で、中村惣八の長男として生まれる。宇和島中学校(現愛媛県立宇和島東高等学校)、第一高等学校を経て、1924年(大正13年)11月、高等試験行政科試験に合格した。1925年(大正14年)東京帝国大学法学部法律学科(英法)を卒業した。 1925年、逓信省に入省し電務局属に任官。以後、逓信局書記官、逓信省事務官、逓信書記官・郵務局規画課長、関東局監理部逓信課長、関東逓信局長、逓信省経理局主計課長、同管理部現業調査課長、同電務局業務課長、興亜院書記官・経済部第三課長、同調査官・華中連絡部在勤、逓信省電務局長、逓信院貯金保険局長などを歴任し、1945年(昭和20年)6月に退官した。
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