依光 好秋(よりみつ よしあき、1894年8月29日 - 1968年1月10日)は、日本のジャーナリスト・政治家。衆議院議員総選挙に通算3回当選した。 依光重義の三男として高知県幡多郡奥内村(現・大月町)泊浦に生まれた。芳の沢小学校を卒業した後弘見小学校高等科に入学、同校卒業後は高知県立第三中学校(現・高知県立中村中学校・高等学校)に入学した。県立三中の4年次を修了後専修大学政治経済科に入学し、同大学卒業後読売新聞社に入社し、のちに同社政治部長に就任した。1927年12月に時の内閣総理大臣・田中義一の内閣書記官長だった鳩山一郎らに認められ、朝鮮総督・山梨半造の秘書官に就任。だが山梨の側近らと意見が合わず秘書官を辞して帰郷。
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