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阿部源蔵

あべ げんぞう
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阿部 源蔵(あべ げんぞう、1900年(明治33年)12月1日 - 1974年(昭和49年)4月22日)は、日本の政治家、内務官僚。 福岡市長、陸軍司政官。スラバヤ市長。玄洋社社員。 阿部八重吉の長男として福岡市真砂町(現博多区千代)に生まれる。1920年、福岡県立中学修猷館、1922年、第五高等学校文科甲類を経て、1925年、東京帝国大学法学部法律学科(英法)を卒業し、高等試験行政科に合格して内務省に入省。 警視庁の大森署長、浅草署長、目黒署長、本富士署長などを務める。目黒署長時代には、二・二六事件に遭遇しており、沈着な処置で名を上げている。その後、1938年8月、山梨県総務部地方課長兼人事課長、1941年1月、高知県書記官・学務部長を経て、ジャワの陸軍司政長官としてインドネシアに渡り、1944年12月、スラバヤ市長に就任。

出典:ウィキペディア「阿部源蔵」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋