田中 聡子(たなか さとこ、現・竹宇治聡子(たけうじ さとこ)、1942年2月3日 - )は、日本の元競泳選手でのちにコーチ。1960年ローマオリンピック女子100m背泳ぎ銅メダリスト。長崎県佐世保市生まれ、熊本県上益城郡育ち。 嘉島町立嘉島中学校・筑紫女学園高等学校を経て八幡製鐵所に入社。 1959年から1963年までおよそ4年間に渡り女子200m背泳ぎの世界記録を更新し続けたが、当時のオリンピックにおける競泳では女子200m背泳ぎは正式種目ではなかった(正式種目となったのは1968年メキシコシティーオリンピックから)。このため、100m背泳ぎでの出場を余儀なくされたが、ローマ五輪で銅メダルを獲得し、日本では前畑秀子以来二人目の女子競泳メダリストとなった。
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