長谷川 毬子(はせがわ まりこ、1917年(大正6年)8月8日 - 2012年(平成24年)1月29日)は、日本の画家、イラストレーター、実業家。元姉妹社社長で、長谷川町子美術館では理事長、二代目館長を歴任。 漫画家の長谷川町子は実妹。町子のマネジメントや外部との折衝を一手に担い、町子の死後も『サザエさん』の版権管理に大きな影響力を持ち続けた。 佐賀県小城郡東多久村(現在の多久市東多久町)生まれ。その後福岡市に移り、筑紫女学園を卒業する。卒業後の1934年(昭和9年)、父の死に伴い、家族とともに福岡から東京へ移住。洋画家の藤島武二に弟子入り、川端画塾に通う。 家計を支えるために出版社へ挿絵を持ち込んでいたところ、その絵が菊池寛の目に留まったことで、婦人倶楽部に連載された小説「女性の戦い」(1938年(昭和13年)1月 - 1939年(昭和14年)5月連載)の挿絵を担当。
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