伊藤 一長(いとう いっちょう、本名の読みは「かずなが」、1945年〈昭和20年〉8月23日 - 2007年〈平成19年〉4月18日)は、日本の政治家。元長崎市長。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 長崎市への原子爆弾投下から2週間後、両親の出身地であり、疎開先の山口県大津郡通村(現在の山口県長門市通地区、青海島に所在)で生まれる。3年ほどして父の住む長崎市に移住したため、公式には長崎市出身としていた。長崎県立長崎西高等学校のころより長崎市長を目指し、早稲田大学政治経済学部卒業後は長崎市開発公社に就職。長崎市青年団体協議会会長を務めていた1973年には、約700人の青年が長崎から船で出航し、釜山・那覇市に寄航して交流を深めるという「ながさき若人の船」を実施した。
出典:ウィキペディア「伊藤一長」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
