有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
鳥

鳥居素川

とりい そせん
Wiki ↗

鳥居 素川(とりい そせん、1867年8月3日(慶応3年7月4日) – 1928年(昭和3年3月10日)は、明治・大正期の日本のジャーナリスト、新聞記者。本名は赫雄(てるお)。別号に素卿、玄兎。肥後国熊本の生れ。 旧熊本藩士の鳥居般蔵の三男として生まれる。母の由子は熊本市春竹町の医者・松岡家の出身。兄は西南戦争において池辺吉十郎が編成した熊本隊の小隊長として戦死している。佐々友房が創立した済々黌に入学、生徒長に安達謙蔵、一級上に狩野直喜、山田珠一らがおり、同級生には井手三郎、熊谷直亮がいた。 1884年(明治17年)に済々黌卒業後、独逸協会専門学校に入学するが中途退学して、1886年(明治19年)荒尾精に同行して支那に渡り、上海の日清貿易研究所へ入学する。

出典:ウィキペディア「鳥居素川」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋

🌐 海外Wiki:ドイツ語 (de) ↗