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三

三浦義一

みうら ぎいち
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三浦 義一(みうら ぎいち、1898年〈明治31年〉2月27日 - 1971年〈昭和46年〉4月10日)は、日本の右翼。フィクサー。 日本銀行総裁だった一万田尚登の親戚筋の立場を利用して、戦時中に日本金銀運営会に入り込み、その組織と利権を掌握した。 大分県出身。父の三浦数平(大分県士族)は大分市長、衆議院議員を務めた。 旧制大分中学から早大予科に進む。文学を志し、北原白秋の門下生として住み込むようになる。だが、肺結核に罹患し帰郷。父が法律顧問をする九州水力電気(後の九州電力)に入社。酒とドストエフスキーに浸る日々をすごす。 再上京すると同郷の後輩の波津久剣が経営する「やまと新聞」の編集長矢部周と知り合い、国家主義運動に参加するようになる。

出典:ウィキペディア「三浦義一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋