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佐

佐多忠隆

さた ただたか
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佐多 忠隆(さた ただたか、1904年6月4日 - 1980年4月23日)は、日本の政治家。参議院議員(3期)。 鹿児島県鹿児島市生まれ。同市下荒田町出身。佐多直正の次男として生まれる。後の鹿児島市長平瀬實武は、地元の小学校と学舎の2年先輩。旧制鹿児島県立第一鹿児島中学校を経て、1925年旧制第七高等学校造士館文科を卒業。七高時代は佐野博らとともにサークル「鶴鳴会」(かくめいかい)に参加。東大に進学し、新人会で活動。1928年東京帝国大学経済学部卒業。大学卒業後は「中央公論」などの雑誌に評論を書いていたが、1935年内閣調査局(内閣企画院の前身)に入り、次いで第2次近衛内閣のもとで企画院調査官に就任し勝間田清一、和田博雄とともに同政権の「経済新体制」の策定に関与するが、企画院事件により治安維持法違反の嫌疑で検挙、投獄された。

出典:ウィキペディア「佐多忠隆」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋