笹原 儀三郎(ささはら ぎさぶろう、1902年(明治35年) - 1994年(平成6年)9月6日)は、日本の教育者、郷土史家。 山形県鶴岡町(現:鶴岡市)に生まれる。 荘内中学校(現:山形県立鶴岡南高等学校)、旧制第二高等学校を経て、京都帝国大学文学部文学科を卒業。同大大学院で英文学を研究する。 秋田県立秋田中学校(現:秋田県立秋田高等学校)、京都市立第一工業学校(現:京都市立洛陽工業高等学校)、京都府立第一中学校(現:京都府立洛北高等学校・附属中学校)、旧制二高で教鞭を執り、鶴岡南高等学校、山形県立鶴岡北高等学校、山形県立山形北高等学校で校長、鶴岡工業高等専門学校では教授を務めた。 1994年9月6日、死去。
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