禹長春(ウ・ジャンチュン、우장춘、通名:須永 長春(すなが ながはる)、1898年4月8日 - 1959年8月10日)は、農学者(農学博士)、育種学者。 韓国農業の父と呼ばれる。 父は乙未事変(朝鮮国王王妃閔妃暗殺事件)に参加した軍人・禹範善。範善が日本に亡命し日本人女性・酒井ナカと結婚、日本で生まれたのが禹長春である。出生地については東京赤坂説と広島説がある。育ったのは広島県呉市である。父の範善は閔妃を暗殺したため、1903年11月24日、禹が6歳の時にかつて閔妃に仕えていた高永根に呉で暗殺された。 同じく父が親日派とされ日本に逃れてきた具鎔書(のちに初代韓国銀行総裁、第10代大韓民国商工部長官などを歴任)ら、酒井の下に送られてきた親日派の子女6人で日本で育ち、禹は、広島県立呉中学校(現広島県立呉三津田高校)を卒業。
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