倉橋 寛(くらはし ひろし、1946年6月2日 - )は、宮城県出身の元プロ野球選手。 仙台育英高校では、エースとして加藤俊夫とバッテリーを組み、1964年夏の甲子園に出場。しかし1回戦で滝川高の芝池博明に完封を喫する。この時のチームメイトに三塁手の石崎一夫がいる。 1965年に南海ホークスへ入団。一軍登板はなく1967年に戦力外となり退団する。 退団後は地元仙台に戻りサラリーマンとして活動していたが、プロ復帰を諦めきれず1971年に大洋ホエールズのテスト入団に合格して復帰する。1972年、1973年とも各1試合に登板するが、1973年限りで引退。
出典:ウィキペディア「倉橋寛 (野球)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
