奈良磐松(なら いわまつ、1879年(明治12年)8月15日 - 1961年(昭和36年)3月13日)は、日本の銀行家。政治家。元秋田銀行頭取。元金足村(かなあしむら)村長。秋田縣多額納税者 。秋田縣士族。 秋田県南秋田郡金足村(現・秋田市)の「豪農」奈良家の次男として生まれ、兄が死去したため家督を継いだ。父は奈良茂。 奈良家は磐松の孫である奈良岩雄の代をもって直系が断絶し、その血統は現在、小野寺家および升屋家の二家にのみ継承されている。 旧制秋田中学(現・秋田県立秋田高等学校)中退、東京専門学校(現・早稲田大学)政治学科を卒業後、帰郷。金足村村議を経て、同村長を務めたほか秋田県町村会会長、秋田高等家政女学校(現国学館高等学校)理事長も歴任した。
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