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高橋勝兵衛

たかはし かつべえ
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高橋 勝兵衛(たかはし かつべえ、1859年7月24日〈安政6年6月25日〉 - 1932年〈昭和7年〉10月31日)は、明治から昭和時代戦前の政治家。山形県会議長。山形県山形市長(第9代)。幼名は源吉、のち謙。 先代勝兵衛の長男として、出羽新庄藩領村山郡大槇村(山形県北村山郡大槇村、戸沢村を経て、現村山市大槇)に生まれる。代々酒造業を営む旧家であった。漢学を修めたのち、米沢中学に遊学する。1876年(明治9年)大槇小学校設立とともに補助教師となり、のち白鳥稲長小学校兼務となる。学務委員を経て、連合町村会議員に当選。1886年(明治19年)2月には28歳で山形県会議員に当選し、その後死去するまで12回当選した。

出典:ウィキペディア「高橋勝兵衛」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋