小田嶋 正邦(おだじま まさくに、1979年4月12日 - )は、神奈川県相模原市出身の元プロ野球選手、指導者。 旧姓は郡田(こおりだ)。 相模原シニアから進学した東海大山形高校1年生の1995年、第77回全国選手権出場を果たす。1年秋は東北大会初戦敗退、2年秋は同大会ベスト8。3年夏は県大会決勝で延長11回サヨナラ負け。卒業後は東海大学へ進学。上級生になるまでは打撃を生かして一塁手、指名打者で出場した。3年秋に久保裕也とのバッテリーで明治神宮大会準優勝。4年時にも久保とのコンビで全日本大学野球選手権で優勝。首都大学リーグ通算71試合出場、272打数83安打、打率.305、5本塁打、61打点。1999年春季リーグ首位打者。
出典:ウィキペディア「小田嶋正邦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
