菅沼 守人(すがぬま もりと、1942年(昭和17年)7月27日 - )は日本の合気道家。合気道(合気会)八段。NPO法人合気道祥平塾(福岡市)理事長・道場長。全日本合気道連盟理事。国際合気道連盟高等委員。合気道創始者植芝盛平最晩年の内弟子の一人。 福島県猪苗代町(旧千里村)の専業農家に生まれる。父親は大東亜戦争に出征し、昭和21年日本帰国前に病没した。福島県立会津高校時代棒高跳び選手として地方大会で活躍、順天堂大学体育学部に入学しオリンピック出場を目指すも、猛練習が祟り肝炎を発症し断念、大学を中退し帰郷するが、体育教師を目指し1963年(昭和38年)亜細亜大学に入学、同時に合気道部に入部し田村信喜に指導を受ける。
出典:ウィキペディア「菅沼守人」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
