スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
村上 愛花(むらかみ えりか、2000年〈平成12年〉8月1… 村上 愛花(むらかみ えりか、2000年〈平成12年〉8月13日 - )は、日本のファッションモデル、女優。『ViVi』の専属モデルである。パノラマ所属。2022年5月までは愛花名義で活動していた。 福島県会津若松市出身。2023年3月に東京理科大学経営学部を卒業した。 2017年、全国高等学校クイズ選手権に出場するため東京に来た際、原宿を巡っているときに現事務所にスカウトされる。その際は連絡交換だけで所属はしなかったが後述のオーディションでグランプリ受賞後に所属した。 2018年、ViVi創刊35周年を記念した専属モデルオーディションのグランプリを受賞し、秋に行われた「ViVi Night in TOKYO 2018 HALLOWEEN PARTY」にてランウェイデビュー。
もっと読む
山内大夢(やまうち ひろむ、1999年8月24日 - )は、… 山内大夢(やまうち ひろむ、1999年8月24日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は 400m障害走。早稲田大学競走部所属。 会津高校出身。 主な戦績は以下の通り。 10月2日に行われた第104回日本陸上競技選手権大会400mハードルで、50秒50、5位。 5月9日の東京2020テストイベントREADY STEADY TOKYOの400mハードルで、オリンピック参加標準記録を突破する48秒84の自己ベスト(学生歴代7位)をマークして、法政大学黒川和樹に次いで2位。6月26日、第105回日本陸上競技選手権大会では49秒48で4位。7月30日、東京オリンピック2020、400mハードルに出場、予選2組に出走、49秒21、3位で準決勝進出。
もっと読む
安西 秀幸(あんざい ひでゆき、1985年9月18日 -)は… 安西 秀幸(あんざい ひでゆき、1985年9月18日 -)は、元陸上競技の選手でマラソン・中長距離選手。福島県河沼郡河東町(現・福島県会津若松市河東町)出身。福島県立会津高等学校 - 駒澤大学文学部社会福祉学科出身。 中学時代はサッカー部に在籍していたが会津高等学校時代から陸上を始める。駒澤大学3年時には陸上競技部駅伝主将を、4年時には陸上競技部主将を務めた。第84回箱根駅伝では5区区間2位となる走りで駒澤大学の総合優勝に貢献した。JALグランドサービスの廃部に伴い2010年4月より日清食品グループに移籍。2014年より日清食品グループで現役を続けながら母校駒澤大学でコーチを務めていた。 2015年3月31日付で日清食品グループを退部、現在は家業を継ぐため会津若松市に戻っている。
もっと読む
白井 涼(しらい りょう、1980年6月7日 - )は、日本… 白井 涼(しらい りょう、1980年6月7日 - )は、日本の俳優、ファッションモデル。本名同じ。福島県出身。順天堂大学スポーツ科学部卒業。アンドリーニ所属。身長182cm 体重67kg。 小学生時代は陸上部に所属し、走り幅跳びは4m90cmで県大会3位の成績を残す。走り幅跳びでは、始めて2ヶ月で全国ランキング1位(5m60cm)を記録。中学時代はサッカー部・陸上部に同時所属。2年生の時にジュニアオリンピック走り幅跳びで全国3位の成績を収める。 福島県立会津高等学校へ進学後はサッカー部に所属。2年次生の時に鹿島アントラーズユースへ入部。3年次にはサッカー東日本ヨーロッパ選抜に選出される。 その後、順天堂大学スポーツ科学部健康学科へ進学しサッカー部に所属。
もっと読む
佐藤 敦之(さとう あつし、1978年5月8日 - )は、福… 佐藤 敦之(さとう あつし、1978年5月8日 - )は、福島県会津若松市出身(出生地は福島県河沼郡会津坂下町)の男子陸上競技(長距離種目・マラソン)の元選手・指導者。身長170cm。 ハーフマラソン元日本男子記録保持者(1時間0分25秒)。ほか主な実績に各男子マラソン種目で、2008年北京オリンピック日本代表(76位)、2009年世界陸上ベルリン大会6位入賞、2003年世界陸上パリ大会10位など。 小学校までは郡山市や原町市(現在の南相馬市)で過ごす。会津若松市立第四中学校、福島県立会津高等学校、早稲田大学人間科学部卒業。榊枝広光(順大-日産自動車)は中学校時代の同級生である。また小川博之(国士舘大-日清食品-JALグランドサービス-八千代工業、元サンベルクス陸上部監督、現国士舘大学監督)は中学時代からのライバルであった。
もっと読む
三瓶 宏志(さんべ こうし、1969年5月6日 - )は、N… 三瓶 宏志(さんべ こうし、1969年5月6日 - )は、NHKのシニアアナウンサー。 子供の頃から大相撲の中継を見ており、福島出身の斉須を応援していたが、大相撲の大ファンという訳ではなかった。 福島県立会津高等学校時代は郷里の只見町から非常に離れていたため、親元を離れ下宿生活を送っていた。 同高等学校を経て明治大学政治経済学部卒業後、1992年入局。ちょうどその頃は「若貴ブーム」であり、大相撲の会場には立ち見客も出るほどであった。 スポーツ中継、特に大相撲を中心に担当している。 2013年の第95回全国高等学校野球選手権大会で初めて決勝戦のテレビ実況を担当。 2014年名古屋場所で初めて千秋楽幕内テレビ実況を担当。
もっと読む
菅家 秀人(かんけ ひでと、1967年〈昭和42年〉6月23… 菅家 秀人(かんけ ひでと、1967年〈昭和42年〉6月23日 - )は、日本の農林水産官僚。 福島県大沼郡昭和村出身。福島県立会津高等学校を経て、1990年(平成2年)3月、東北大学法学部を卒業。同年4月、農林水産省に入省(Ⅰ種・法律)。入省後、農林水産省大臣官房企画評価課調査官、生産局特産振興課地域対策官、財務省主税局税制第二課主税企画官、同理財局総務課たばこ塩事業室長、農林水産省大臣官房食料安全保障課食料自給率向上対策室長、生産局畜産部牛乳乳製品課長、水産庁漁政部企画課長、農林水産技術会議事務局研究調整課長、北陸農政局地方参事官(新潟県担当)、生産局総務課長などを歴任。雪印牛肉偽装事件が発生した際には、品質調査課の担当者としてJAS法の改正案を立案した。
もっと読む
佐藤 紳(さとう しん、1967年〈昭和42年〉5月5日 -… 佐藤 紳(さとう しん、1967年〈昭和42年〉5月5日 - )は、日本の農林水産技官。 福島県河沼郡会津坂下町出身。福島県立会津高等学校を経て、1992年(平成4年)3月、鳥取大学大学院農学研究科修士課程を修了。同年4月、農林水産省に入省(Ⅰ種・農学)。入省後、農産物や食品の輸出支援などに携わり、長崎県農林部農政課企画監、同部農業経営課長、生産局農産部園芸作物課長、輸出・国際局輸出支援課長、農林水産技術会議事務局研究調整課長などを歴任。 2023年(令和5年)7月4日、農林水産省大臣官房生産振興審議官に就任
もっと読む
小林 温(こばやし ゆたか、1964年4月21日 - )は、… 小林 温(こばやし ゆたか、1964年4月21日 - )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、経済産業大臣政務官を務めた。福島県猪苗代町出身。野口英世の恩師・小林栄の親類筋にあたる。
もっと読む
渡部 恒雄(わたなべ つねお、1963年〈昭和38年〉11月… 渡部 恒雄(わたなべ つねお、1963年〈昭和38年〉11月13日 - )は、日本の政治学者、歯科医師、笹川平和財団特任研究員を経て上席研究員(元東京財団上席研究員)。戦略国際問題研究所非常勤研究員、沖縄平和協力センター上席研究員。父親は元衆議院議員の渡部恒三。 1963年(昭和38年)11月13日、政治家渡部恒三の長男として福島県に生まれる。 1982年(昭和57年)福島県立会津高等学校を卒業(高34回)、1988年(昭和63年)東北大学歯学部を卒業。歯科医師となるが、社会科学を学ぶため米国留学。1995年(平成7年)ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ政治学修士課程を修了する。その後、戦略国際問題研究所に入所し、客員研究員、研究員などを務めた。
もっと読む
塩原 恒夫(しおばら つねお、1963年〈昭和38年〉6月1… 塩原 恒夫(しおばら つねお、1963年〈昭和38年〉6月12日 - )は、福島県会津若松市出身のフリーアナウンサーで、元フジテレビアナウンサー。 実家は酒屋である。趣味は映画鑑賞で塩原と同期の笠井と同様、年間100本以上は鑑賞するといい、この趣味が日本映画専門チャンネルの番組出演時などに活かされている。 福島県立会津高等学校を経て埼玉大学卒業後、1987年、フジテレビに入社。1999年には第15回FNSアナウンス大賞の大賞を受賞している。 入社時からスポーツ番組に携わっており、フィギュアスケート世界選手権の女子シングルやオリンピックなどの大きな国際大会では前述の女子シングルとともにペアの実況も担当している。
もっと読む
佐藤 正浩(さとう まさひろ、1963年(昭和38年)3月2… 佐藤 正浩(さとう まさひろ、1963年(昭和38年)3月2日 - )は、日本の指揮者。 福島県会津若松市出身。福島県立会津高等学校卒業。高校では合唱部に所属し、2年時に全日本合唱コンクールで全国優勝。その際に演奏された湯山昭作曲『ゆうやけの歌』は名演奏として名高いが、その伴奏ピアニストを務めている。 東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。一度は声楽家を志すが、師である畑中良輔の勧めで伴奏者の道に進む。ジュリアード音楽院ピアノ伴奏科修士課程修了。ピアノをマーシャル・ウィリアムソン、室内楽をジョナサン・フェルドマンに師事。 1992年、サンフランシスコ・オペラのオーディションに合格、専属コレペティートルとして研鑽を積む。
もっと読む
目黒 公郎(めぐろ きみろう、1962年 - )は、日本の工… 目黒 公郎(めぐろ きみろう、1962年 - )は、日本の工学者。東京大学大学院情報学環・学際情報学府学環長・学府長、東京大学生産技術研究所教授、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター長。専門は、都市震災軽減工学、国際防災戦略研究。福島県只見町出身。
もっと読む
渡部 潤一(わたなべ じゅんいち、1960年12月28日 -… 渡部 潤一(わたなべ じゅんいち、1960年12月28日 - )は、日本の天文学者。専門は太陽系天文学。学位は、理学博士(東京大学・1988年)。自然科学研究機構国立天文台特任(上席)教授。総合研究大学院大学物理科学研究科天文科学専攻教授。福島県会津若松市生まれ。 父は渡部賢蔵、妻はサイエンスライターの渡部好恵。間に1男1女あり。長女は全国ヘルプマークオリパラプロジェクト supporterとして活動している。
もっと読む
樋口 聡(ひぐち さとし、1955年10月5日 - )は、日… 樋口 聡(ひぐち さとし、1955年10月5日 - )は、日本の美学、教育学の研究者。広島大学名誉教授。専門は、身心文化論(Philosophy and Aesthetics of Body, Mind and Culture)。 福島県大沼群会津美里町(旧高田町)生まれ。1971年(昭和46年)4月に福島県立会津高等学校理数科に入学。東京教育大学出身の保健体育科教諭、国井直英に誘われ、陸上競技に打ち込む。国井との出会いは、その後の樋口の人生に大きな影響を与えた。 1974年(昭和49年)、筑波大学体育専門学群に一期生として入学。3000m障害で、関東インカレ、日本インカレ等に出場。大学1年、2年、4年時には、箱根駅伝に出場(第51回-6区、第52回-2区、第54回-6区)。
もっと読む
室井 照平(むろい しょうへい、1955年(昭和30年)9月… 室井 照平(むろい しょうへい、1955年(昭和30年)9月28日 - )は、日本の政治家。福島県会津若松市長(4期)。元福島県議会議員(1期)、元会津若松市議会議員(2期)。 福島県会津若松市出身。会津若松市立謹教小学校、会津若松市立第三中学校、福島県立会津高等学校卒業。1978年(昭和53年)3月、東北大学経済学部経営学科卒業。同年4月、北海道拓殖銀行に入行。1980年(昭和55年)、帰郷し家業の室井商店を継ぐ。 1999年(平成11年)4月、会津若松市議会議員選挙に無所属で出馬し、初当選。2003年(平成15年)4月、同市議選に2期目の当選。2006年(平成18年)10月5日、市議を辞職。
もっと読む
菅家 一郎(かんけ いちろう、1955年〈昭和30年〉5月2… 菅家 一郎(かんけ いちろう、1955年〈昭和30年〉5月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(5期)。 復興副大臣、内閣府大臣政務官兼環境大臣政務官、会津若松市長(3期)、福島県議会議員(1期)、会津若松市議会議員(1期)などを歴任した。 福島県会津若松市生まれ。 会津若松市立謹教小学校、会津若松市立第二中学校、福島県立会津高等学校を経て、早稲田大学社会科学部を卒業。立正佼成会の信者であり、会津教会青年部長を務めていた時期がある。また、世界宗教者平和会議の準会員である。 1991年、会津若松市議会議員に初当選。1995年、福島県議会議員に初当選。1999年、会津若松市長に就任。
もっと読む
室井 光広(むろい みつひろ、1955年1月7日 - 201… 室井 光広(むろい みつひろ、1955年1月7日 - 2019年9月27日)は、日本の小説家、文芸評論家。 福島県南会津郡下郷町出身。生家は農家。 福島県立会津高等学校から早稲田大学政治経済学部に入学するが、理数音痴のために行き詰まり、演劇に興味を持ち始める。ドストエフスキーに熱中した後にキルケゴールに関心を持ち、帰郷してデンマーク語を独習する。ロンドンから取り寄せたテープでアンデルセン童話を聞く。21歳のとき、早稲田キャンパス新聞主催の第8回キャンパス文芸賞にドストエフスキー論で入選(選考委員は秋山駿)。慶應義塾大学文学部に再入学し、哲学科を卒業。在学中は慶應義塾外国語学校でロシア語を学び、東アジア諸国の言語も独習する。
もっと読む
二瓶 盛一(にへい せいいち、1953年10月1日 - )は… 二瓶 盛一(にへい せいいち、1953年10月1日 - )は、日本の政治家。福島県耶麻郡猪苗代町長(1期)。元道の駅猪苗代駅長。 2023年6月18日、投開票の猪苗代町長選挙で、初当選を果たした。 福島県耶麻郡猪苗代町生まれ。福島県立会津高等学校を経て、中央大学経済学部を卒業。 1977年、 福島民報に入社後、編集局、総務局、事業局長、広告局長などを歴任。2013年、専務取締役を務め退任。退任後、ラジオ福島、民報印刷に勤務し退任。民報印刷では役員を務める。 2019年、道の駅猪苗代に入社し、翌2020年に同施設の駅長に就任。 医療従事者への感謝の意活動として、猪苗代スキー場と共同で青いハンカチ掲揚。
もっと読む
柳澤 秀夫(やなぎさわ ひでお、1953年9月27日 - )… 柳澤 秀夫(やなぎさわ ひでお、1953年9月27日 - )は、日本の放送・国際ジャーナリスト。元NHK解説委員長。 福島県若松市 (現・会津若松市) 出身。 子供の頃から典型的な天文少年で、天文学者になる事が夢だった。どうしても手に入れたかった天体望遠鏡を手に入れるため、母が勤める食料品店の手伝いをしたり、親戚に頼まれことを引き受けるアルバイトをしたり、小学生なりに堅実に小遣いを稼いだ。小学6年生の時に大彗星の美しい姿に大いに興奮した。中学一年生の時に、念願だった天体望遠鏡を手に入れた[要出典]。 また、機械工作などを趣味として秋葉原ラジオ会館へ部品探しに通い、アマチュア無線技士として自作の無線機を用いてアマチュア無線家ともなる。
もっと読む
高畑 由起夫(たかはた ゆきお、1953年4月13日 - )… 高畑 由起夫(たかはた ゆきお、1953年4月13日 - )は、日本の生態学者、自然人類学者、霊長類学者。関西学院大学名誉教授。主な研究対象はニホンザルやチンパンジー、ワオキツネザル等。2009年~2011年には、日本霊長類学会の会長を務めた。 ニホンザルにおいて、特定のオスとメスの間に親和的関係が生まれると、その後は交尾を避けるようになる現象(特異的近接関係: Peculiar Proximate Relations, PPR)を発見した。
もっと読む
山内 日出夫(やまうち ひでお、1952年(昭和27年)1月… 山内 日出夫(やまうち ひでお、1952年(昭和27年)1月1日 - 2020年(令和2年)10月22日)は、日本の政治家。位階は従五位。福島県会津若松市長(2期)、会津若松市議会議員(2期)を務めた。 福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校、日本大学藝術学部卒業。大学卒業後、伊東正義衆議院議員の秘書、内閣官房長官秘書(1979年11月9日 - 1980年7月17日)、外務大臣秘書(1980年7月17日 - 1981年5月18日)を経て、会津若松市議を2期務める。 1991年に会津若松市長に就任。会津若松市長時代の功績のひとつに、1993年のコンピュータ理工学部の会津大学の設立がある。会津地方に4年制大学を作るのは、会津の人々の悲願となっていた。
もっと読む
蓮沼 勇一(はすぬま ゆういち、1952年 - )は、日本の… 蓮沼 勇一(はすぬま ゆういち、1952年 - )は、日本の合唱指導者。杉並混声合唱団指揮者。暁星小学校聖歌隊の指導を約40年間にわたって務めた。 国立音楽大学を卒業。声楽を鈴木惇弘、平良栄一、指揮法を小松一彦、河地良智に師事。1991年(平成3年)より指揮及び合唱指導を小林光雄(国立音楽大学教授)に師事。
もっと読む
川村 邦光(かわむら くにみつ、1950年5月27日 - )… 川村 邦光(かわむら くにみつ、1950年5月27日 - )は、日本文化学者、大阪大学名誉教授。専門は宗教、民族、性の歴史。 福島県生まれ。1969年会津高校卒。1975年東北大学文学部宗教史学科卒。学生時代は学生運動で活動。1978年同大学院宗教学修士課程修了、1984年実践哲学博士課程単位取得満期退学。1989年天理大学おおやさと研究所助教授、1991年同文学部助教授、1996年教授、1997年大阪大学文学部(日本学)教授。2016年定年退任し名誉教授。 近代における性の民俗などを研究。
もっと読む
山口 隆美(やまぐち たかみ、1948年5月 - ) は、日… 山口 隆美(やまぐち たかみ、1948年5月 - ) は、日本の生体工学者、外科医。東北大学名誉教授。 元日本機械学会バイオエンジニアリング部門長。文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。 1948年、福島県出身。 1967年、福島県立会津高等学校卒業。 1973年に東北大学医学部卒業後、財団法人・竹田綜合病院外科で外科医となった。その後、心臓外科医になることを志して上京。 1976年、東京女子医科大学附属第2病院循環器外科助手。 1977年東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所理論外科助手。 1980年、東京女子医科大学医学博士。 1981年、東京大学工学博士、ロンドン大学インペリアル・カレッジ・ロンドン留学。
もっと読む
相原 茂(、1948年 - 2025年6月〈訃報発表日〉)は… 相原 茂(、1948年 - 2025年6月〈訃報発表日〉)は、日本の中国語教育者。中国語コミュニケーション協会代表。福島県会津地方出身。 福島県立会津高等学校卒業、東京教育大学修士課程修了。中国語学専攻。明治大学助教授、お茶の水女子大学教授を経て、中国語コミュニケーション能力判定テスト(TECC)を実施している中国語コミュニケーション協会の代表をしていた。日本における中国語教育の分野で精力的に活動し、語学書や中国語に関するエッセー等を多数執筆していた。NHKのラジオ・テレビの中国語講座にも講師として出演した。2001年度のNHKテレビ中国語講座では、「古畑您三郎」と称して毎回古畑任三郎を演じる田村正和の物真似を披露した。
もっと読む
石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の… 石原 信一(いしはら しんいち、1948年 - )は、日本の作家・作詞家。日本音楽著作権協会(JASRAC)会長、日本作詩家協会(JLA)会長。 福島県会津若松市出身。会津高校卒業。青山学院大学卒業。サトウハチローに師事し、作詞家の道を歩む。1977年、太川陽介に提供した『Lui-Lui』が同年の第19回日本レコード大賞新人賞を受賞。1983年、森昌子の『越冬つばめ』で日本作詩大賞優秀作品賞を受賞した。また変わったところでは『ファイターズ讃歌』の作詞を手がけている。 1999年、会津若松市イメージソング「AIZUその名の情熱」を作詞・プロデュース(作曲:南こうせつ)。 2020年、日本作詩家協会の第9代会長に就任。
もっと読む
北村 清士(きたむら せいし、1947年(昭和22年)4月1… 北村 清士(きたむら せいし、1947年(昭和22年)4月14日- )は、日本の銀行家。東邦銀行顧問。 福島県喜多方市(旧・塩川町)出身。福島県立会津高等学校、慶應義塾大学商学部を卒業。1970年(昭和45年)東邦銀行に入行。 2007年(平成19年)、同行初の生え抜きとして頭取に昇格した。トップ在任中は東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所事故により、多くの支店が営業できなくなる中で立て直しを指揮し、取引先の経営再建なども進めた。また行員の働き方改革などでも県内企業に先駆けて取り組んだほか、地元3行との間で「3行連携協定」を締結し、事務の合理化も図った。 2020年(令和2年)6月、代表権のない会長に退き、2022年(平成4年)6月顧問。
もっと読む
加藤 信(かとう しん、1947年2月17日 - )は日本の… 加藤 信(かとう しん、1947年2月17日 - )は日本の精神科医、医学博士 福島県北会津郡東山村生まれ、父親は神奈川県出身の海軍軍医中佐で、臨時の海軍病院を福島県内の飯坂温泉や東山温泉に開設する任務で来たことがきっかけで会津に住んだ人1)。父親の転勤により同河沼郡河東村にて育つ。1965年3月福島県立会津高等学校卒、1971年3月新潟大学医学部卒。1971年4月上京し(財)神経研究所研究生、1972年1月(財)神経研究所付属晴和病院医員、1979年4 月川崎市の(財)実中研前臨床医学研究所研究員2) 、 1987年4月、松本市に転居、城西病院や南信病院に勤務、1990 年12月「かとうメンタルクリニック」を松本市に開設、この間、東京教育大学教育学部(実験心理)、信州大学医学部(薬理)で非常勤講師、学会役員として日本神経精神薬理学会理事、監事、編集委員長、日本嗜癖行動学会理事、日本アルコール・アディクション医学会評議員等を務め、団体役員として長野県精神神経科診療所協会会長等を務める。
もっと読む
田中 俊一(たなか しゅんいち、1945年1月9日 - )は… 田中 俊一(たなか しゅんいち、1945年1月9日 - )は、日本の元公務員、工学者(原子力工学、放射線物理学・放射線遮蔽工学)。学位は工学博士(東北大学・1978年)。 日本原子力研究所副理事長、独立行政法人日本原子力研究開発機構特別顧問、社団法人日本原子力学会会長(第28代)、内閣府原子力委員会委員長代理、財団法人高度情報科学技術研究機構会長、内閣官房参与、原子力規制委員会委員長(初代)などを歴任した。 1945年、福島県福島市生まれ。国鉄職員だった父の転勤により福島県伊達郡伊達町(のちの福島県伊達市)で小学校に通ったのち、中学生から会津地方(福島県西部)で過ごし、福島県立会津高等学校を卒業する。
もっと読む
菅沼 守人(すがぬま もりと、1942年(昭和17年)7月2… 菅沼 守人(すがぬま もりと、1942年(昭和17年)7月27日 - )は日本の合気道家。合気道(合気会)八段。NPO法人合気道祥平塾(福岡市)理事長・道場長。全日本合気道連盟理事。国際合気道連盟高等委員。合気道創始者植芝盛平最晩年の内弟子の一人。 福島県猪苗代町(旧千里村)の専業農家に生まれる。父親は大東亜戦争に出征し、昭和21年日本帰国前に病没した。福島県立会津高校時代棒高跳び選手として地方大会で活躍、順天堂大学体育学部に入学しオリンピック出場を目指すも、猛練習が祟り肝炎を発症し断念、大学を中退し帰郷するが、体育教師を目指し1963年(昭和38年)亜細亜大学に入学、同時に合気道部に入部し田村信喜に指導を受ける。
もっと読む
渡部 英敏(わたなべ ひでとし、1941年2月22日 - )… 渡部 英敏(わたなべ ひでとし、1941年2月22日 - )は、日本の政治家。元福島県会津美里町長(4期)、元会津高田町長(2期)。 福島県会津美里町出身。福島県立会津高等学校卒業。1964年(昭和39年)3月、東京経済大学経済学部卒業。同年4月、自営業に従事。1996年(平成8年)4月、会津高田町立高田公民館長に就任。 1999年(平成11年)、会津高田町長選挙に立候補し初当選した。2003年(平成15年)、無投票で再選。 2005年(平成17年)10月1日、大沼郡会津高田町・会津本郷町・新鶴村が合併して、会津美里町が発足。同年11月8日公示、11月13日執行の会津美里町長選挙に立候補し、無投票で初当選した。
もっと読む
坂田 桂三(さかた けいぞう、1940年(昭和15年)1月4… 坂田 桂三(さかた けいぞう、1940年(昭和15年)1月4日 - 2012年(平成24年)11月6日)は、日本の法学者。専門は商法。日本大学名誉教授。日本大学法科大学院教授、日本大学常任幹事などを歴任。弁護士(東京弁護士会)。前中央選挙管理会委員長(2004年3月 - 2010年3月)。 資産評価政策学会理事。
もっと読む
丹藤 佳紀(たんどう よしのり、1940年 - )は、日本の… 丹藤 佳紀(たんどう よしのり、1940年 - )は、日本のジャーナリスト、元読売新聞記者。中国研究者。 福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校卒、1963年東京外国語大学中国語科卒、読売新聞社入社。横浜支局を経て外報部勤務。サイゴン・ソウル・北京各特派員、北京支局長、編集委員。2000年から2006年まで東洋大学教授を務める。日中友好協会参与。
もっと読む
太田原 高昭(おおたはら たかあき、1939年 <昭和14年… 太田原 高昭(おおたはら たかあき、1939年 <昭和14年> 9月18日 - 2017年 <平成29年> 8月11日)は、日本の農業経済学者。北海道における農業経済学の第一人者の一人。学位は、農学博士(北海道大学・論文博士・1977年)。北海道大学名誉教授。日本学術会議会員。位階は正四位。瑞宝中綬章。指導教授は川村琢。門下生に佐藤信(北海学園大学教授)らがいる。 福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校を経て、1963年に北海道大学農学部農業経済学科を卒業。恵迪寮出身。1968年に北海道大学大学院農学研究科農業経済学専攻博士課程を修了。 1968年北星学園大学経済学部経済学科講師。1971年北海道大学農学部農業経済学科助手。
もっと読む
早川 廣中(はやかわ ひろなか、1935年(昭和10年)9月… 早川 廣中(はやかわ ひろなか、1935年(昭和10年)9月10日 - )は、日本の政治家。元会津若松市長。 福島県立会津高等学校、中央大学法学部を卒業。八田貞義衆議院議員の秘書や中央大学経済学部教授を歴任し、1987年(昭和62年)の会津若松市長選挙で初当選を果たす。1991年(平成3年)の市長選で、山内日出夫に敗北。 現在は、財団法人白虎隊記念館の理事長を務める。
もっと読む
長沼 憲彦(ながぬま のりひこ、1934年12月8日 - 2… 長沼 憲彦(ながぬま のりひこ、1934年12月8日 - 2008年6月4日)は、日本の政治家。北海道留萌市長(3期)。旭日小綬章。 福島県河沼郡河東町出身。福島県立会津高等学校卒。北海道立農業技術講習所(現・北海道立農業大学校)卒。北海道庁に入り、留萌支庁経済部長、同支庁長を経て、1994年、留萌市長選挙に立候補し無投票で初当選した。1998年に再選。2002年に無投票で三選した。留萌市長は2006年まで務めた。2007年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。 2008年6月4日午後1時半頃、空知支庁長沼町西4線南6の国道を乗用車で走行中にトラックと正面衝突、長沼は胸などを強く打って間もなく死亡、73歳。
もっと読む
高久 進(たかく すすむ、1933年1月11日 - 2009… 高久 進(たかく すすむ、1933年1月11日 - 2009年7月22日)は、日本の脚本家。福島県河沼郡会津坂下町出身。福島県立会津高等学校卒業、早稲田大学教育学部卒業。池田和雄や井口真吾などの別名義を用いていた場合もあった。 大映東京撮影所にシナリオ研究生として入るが、デビュー作は、新東宝の『九十九本目の生娘』(監督・曲谷守平 主演・菅原文太、1959年)である。高岩肇に師事した。 1960年代後半からメインの執筆活動を劇映画からテレビ作品に移し、アクションドラマ・時代劇・特撮・アニメと幅広いジャンルの作品にシナリオを数多く残した。『Gメン'75』のメインライターでもある。また、刑事ドラマや特撮では「戦争の傷痕」をテーマにしたエピソードを多く執筆している。
もっと読む
高久 晃(たかく あきら、1933年 - 2015年)は、日… 高久 晃(たかく あきら、1933年 - 2015年)は、日本の医学者。専門は、脳神経外科学。学位は、医学博士。富山医科薬科大学医学部脳神経外科学教室教授(初代1980年-1997年)、富山医科薬科大学学長(1997年-2003年)。 脳神経外科顕微鏡手術に優れ脳神経外科手術の治療成績と安全性の向上、国内外の若手医師の指導など幅広く脳神経外科の発展に寄与する。2016年3月27日、富山市シティホールにて富山大学脳神経外科同門会・高久家合同お別れの会が開催された。
もっと読む
小室 直樹(こむろ なおき、1932年〈昭和7年〉9月9日 … 小室 直樹(こむろ なおき、1932年〈昭和7年〉9月9日 - 2010年〈平成22年〉9月4日)は、日本の社会学者、経済学者、批評家、社会・政治・国際問題評論家。 学位は法学博士(東京大学・1974年)。東京工業大学世界文明センター特任教授、現代政治研究所(東京都千代田区)所長などを歴任。 社会学、数学、経済学、心理学、政治学、宗教学、法学などの多分野を第一人者から直接学び、「社会科学の統合」に取り組んだ。東京大学の伝説の自主ゼミナール「小室ゼミ」主宰者。著書に『ソビエト帝国の崩壊』や『痛快!憲法学』などがある。 出生名爲田直樹として東京府荏原郡玉川村(現・東京都世田谷区奥沢)に生まれる。私生児であった。
もっと読む
渡部 恒三(わたなべ こうぞう、1932年〈昭和7年〉5月2… 渡部 恒三(わたなべ こうぞう、1932年〈昭和7年〉5月24日 - 2020年〈令和2年〉8月23日)は、日本の政治家。元の姓名は、渡部 恒蔵(読み同じ)。正三位、勲一等旭日大綬章。 衆議院議員(14期)、衆議院副議長(第60・61代)、厚生大臣(第63代)、自治大臣(第39代)、国家公安委員会委員長(第49代)、通商産業大臣(第53代)、自由民主党国会対策委員長(第32代)、新進党政務会長(第2代)兼国会運営委員長(第2代)、同総務会長(初代)、無所属の会代表(第3代)、民主党国会対策委員長(第11代)、同最高顧問、復旦大学経済管理学院名誉教授などを歴任。自由民主党所属時は竹下派七奉行の1人だった。
もっと読む
星 和男(ほし かずお、1930年9月28日 - 2004年… 星 和男(ほし かずお、1930年9月28日 - 2004年2月3日)は日本の作曲家、声楽家、音楽教諭。福島県出身。 声楽家で東京音楽大学准教授の星洋二は長男。 1930年(昭和5年)、福島県若松市(現在の会津若松市)馬場町に生まれる。旧制会津中学校(現在の福島県立会津高等学校)を経て国立音楽学校(現在の国立音楽大学)声楽科へ進学するが、1年で中退する。1949年(昭和24年)、藤原歌劇団合唱部に入部。 帰郷後に中学校の音楽教諭となり、会津若松市立河東第一中学校在職中の1967年(昭和42年)に県が募集していた「福島県県民の歌」の作曲部門で応募作が入選する。その後も南会津郡下郷町の町民歌「飛躍の明日へ」や会津若松市立松長小学校、喜多方市立姥堂小学校など会津地方の公立学校の校歌で作曲を手掛けた。
もっと読む
柏木 繁男(かしわぎ しげお、1930年 - )は、日本の心… 柏木 繁男(かしわぎ しげお、1930年 - )は、日本の心理学者、千葉大学名誉教授。 福島県会津若松市生まれ。東京大学文学部心理学科卒、同大学院教育学研究科をへて1967年教育学博士。旧国鉄の鉄道労働科学研究所を経て、千葉大学教授・文学部長、1996年定年退官、名誉教授、城西国際大学教授、慶應義塾大学教授。 内田クレペリン精神検査など心理検査の研究など人格心理学に関する研究者として著名である。また計量行動学や心理学における多変量解析を用いた心理学研究法に関する著書や論文を国内外の学術誌で多数執筆している。特に因子分析に関する研究で国際学術誌に数多くの業績を残している。最近は主要5因子性格検査の研究を中心に行っている。
もっと読む
高羽 哲夫(たかは てつお、1926年8月31日 - 199… 高羽 哲夫(たかは てつお、1926年8月31日 - 1995年10月31日)は、日本のカメラマン。「男はつらいよ」48作の撮影に携わったことで知られる。 福島県河沼郡湯川村出身。福島県立会津中学校(旧制、現・会津高等学校)、米沢高専(現・山形大学工学部)卒業。 1948年、松竹に入社。1965年、「霧の旗」で第9回三浦賞を受賞。 映画カメラマンとして主に山田洋次監督とコンビを組み、特に「男はつらいよ」48作の撮影に携わったことで知られる。1992年、紫綬褒章受章。 1995年に肝臓癌で死去。69歳没。
もっと読む
阿部 宏(あべ ひろし、1926年8月18日 - 2014年… 阿部 宏(あべ ひろし、1926年8月18日 - 2014年12月26日)は、日本の英文学者。 宮城県仙台市生まれ。1951年東北大学文学部英文科卒、東北大学教養部助教授、文学部教授、1989年定年退官、名誉教授、いわき明星大学人文学部教授。1997年退職。長男は哲学者の阿部宏慈・山形大学教授。 2014年12月26日、肺炎のため死去。
もっと読む
宮崎 十三八(みやざき とみはち、1925年(大正14年)7… 宮崎 十三八(みやざき とみはち、1925年(大正14年)7月8日 - 1996年(平成8年)5月11日)は、日本の郷土史家。福島県会津若松市生まれ。旧制新潟高等学校文科卒業。会津若松市商工観光部長。会津史学会会長、顧問。会津史談会相談役。 1993(平成5)年に出された「教育委員会表彰推せん調書」によれば次の通り。 福島県若松市融通寺町(現在の本町)に生れ、市立第四(城西)小学校・県立会津中学校を経て、旧制官立新潟高等学校文科卒業。県立安積高校教員の後、昭和二十六年若松市役所に奉職。三十三年間勤務。商工観光課長のとき、天守閣再建担当。社会教育課長、文化福祉センター初代所長、商工観光部長。五十九年三月定年退職。
もっと読む
渡部 行雄(わたなべ ゆきお、1925年(大正14年)1月2… 渡部 行雄(わたなべ ゆきお、1925年(大正14年)1月27日 - 1997年(平成9年)9月16日)は、昭和から平成初期の司法書士、政治家。日本社会党衆議院議員(6期)。 福島県若松市(現会津若松市)出身。福島県立会津中学校(旧制)を卒業後、942年(昭和17年)東京物理学校を中退。司法書士、福島県議会議員(4期)、全日本農民組合連合会中央常任委員、同福島県連合会会長、福島県日中友好協会顧問、同県労農会議顧問、日本司法書士会連合会顧問などを務めた。 1972年(昭和47年)第33回衆議院議員総選挙で旧福島2区から日本社会党公認で立候補したが落選。1976年(昭和51年)第34回総選挙で初当選。
もっと読む
春日 八郎(かすが はちろう、本名:渡部 実 (わたべ みの… 春日 八郎(かすが はちろう、本名:渡部 実 (わたべ みのる)、1924年〈大正13年〉10月9日 - 1991年〈平成3年〉10月22日)は、福島県河沼郡会津坂下町塔寺出身の演歌歌手。代表曲は「赤いランプの終列車」「お富さん」「別れの一本杉」。 父・鬼佐久は農業を母・キヨに任せて蕎麦打ちの行商をやり、キヨは小学校で週2、3度裁縫を教え、夜は賃仕事の仕立物に精出して家計を助けていた。父は尺八を、母は三味線を嗜んでいた。父は蕎麦打ちの名人で、母は当地の花嫁衣装を一手に引き受けるほどの和裁の名手でもあった。春日には妹二人のほかに「ほとんど記憶にない」異母兄姉6人、異父兄姉が4人いた。 1930年に八幡村立八幡尋常小学校へ入学するが、この時期は「歌のうの字も知らない」状態で、人からうまいといってほめてもらった記憶もなかった。
もっと読む
三浦 新市(みうら しんいち、1924年8月1日 - 201… 三浦 新市(みうら しんいち、1924年8月1日 - 2013年12月30日)は、日本の英文学者。 東京文理科大学卒、慶應義塾大学経済学部助教授、教授、1985年創価大学教授、2000年退任。英語教科書を多く書いたほか翻訳も行った。妻は三浦富美子。2013年(平成25年)12月30日午後3時29分、スキルス性胃がんのため鎌倉市内の病院で死去。最晩年に至るまで健康であったが、平成25年の11月になって体調不良を訴えて鎌倉市内の病院に入院し、そのまま亡くなった。無宗教を信条としたため戒名などはなく、鎌倉霊園にある墓には「三浦新市」とだけ記されている。
もっと読む
大橋 薫(おおはし かおる、1922年(大正11年)4月29… 大橋 薫(おおはし かおる、1922年(大正11年)4月29日 – ) は、日本の社会学者。明治学院大学名誉教授。社会病理学、都市社会学を主たる専門とする。明治学院大学社会学部長、日本社会病理学会、家族問題研究会の各会長などを歴任。 社会病理学では社会解体論的、社会偏倚論的方針に立脚し、家族病理、社会病理の視点から研究を行う。また都市社会学においてはシカゴ学派の影響を受ける。 研究対象は家族、アルコール中毒、被差別部落、売春婦、やくざなど多岐にわたり、高知市や大阪市で行った調査活動への評価は高い。一方その社会病理学の方法については、学問領域としての社会病理学それ自体と併せて批判もある。 福島県田島町出身で、会津中学、浦和高校を経て1942年(昭和17年)に東京帝大へ進む。
もっと読む