スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
矢野 倫太朗(やの りんたろう、1996年10月1日 - )… 矢野 倫太朗(やの りんたろう、1996年10月1日 - )は、福岡県福岡市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。アジアリーグアイスホッケーのスターズ神戸所属。弟の矢野竜一朗もプロアイスホッケー選手である(後述)。 幼少時からアイスホッケーを始め、中学は福岡市立姪浜中学校、高校は北海道苫小牧東高等学校に進学。大学は中央大学に進学する。 2014年 2015年 2年連続インターハイ8位 2015年 秩父宮杯優勝 関東大学選手権優勝 日本学生選手権優勝 2016年 秩父宮杯優勝 関東大学選手権優勝 日本学生選手権 準優勝 2017年 秩父宮杯準優勝 関東大学選手権準優勝 日本学生選手権 3位 2018年 秩父宮杯準優勝 関東大学選手権4位 日本学生選手権 3位 大学時卒業後、広告代理店に勤務。
大澤 ちほ(おおさわ ちほ、女性、1992年2月10日 - … 大澤 ちほ(おおさわ ちほ、女性、1992年2月10日 - )は、日本の元アイスホッケー選手。現役当時は道路建設ペリグリンに所属していた。ポジションはFW(ライトウィング)。日本代表選手として冬季オリンピック3大会(2014年ソチ、2018年平昌、2022年北京)に出場している。 北海道苫小牧市出身。父は元アイスホッケー日本代表の大澤広利で親子二代のアイスホッケー選手。弟もU-18およびU-20日本代表に選出されている。6歳のとき、苫小牧東小学校同好会で競技を始めた。中学入学後、トヨタシグナスに入団。苫小牧東高校2年生のとき、三星ダイトーペリグリン(現:道路建設ペリグリン)に移籍。 2008年のバンクーバーオリンピック予選に高校2年で日本代表入り。
鈴木 世奈(すずき せな、1991年8月4日 - )は、北海… 鈴木 世奈(すずき せな、1991年8月4日 - )は、北海道苫小牧市出身の女子アイスホッケー選手。ポジションはディフェンダー。CWHLのトロント・フューリーズ所属。法政大学スポーツ健康学部卒業。身長166cm。日本代表選手として冬季オリンピック3大会(2014年ソチ、2018年平昌、2022年北京)に出場している。 祖父の高嶋守はオリンピックに3大会連続で出場(1960スコーバレー、1964インスブルック、1968グルノーブル)した元アイスホッケー日本代表フォワード。 小学校1年生の時、兄の影響でアイスホッケーを始め、中学で岩倉ペリグリン(現:道路建設ペリグリン)に入団した。北海道苫小牧東高等学校在学時の2009年にU-18日本代表選手としてU-18世界選手権に出場した後、日本代表に選出され女子アイスホッケー世界選手権に出場。
高嶌 遥(たかしま はるか、1988年1月30日 - )は、… 高嶌 遥(たかしま はるか、1988年1月30日 - )は、北海道苫小牧市出身の女子アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。北海道苫小牧東高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。 小学校2年生からアイスホッケーを始め、苫小牧市立明倫中学校時代は社会人チームの岩倉ペリグリンでプレーしていた。北海道立苫小牧東高校では男子の部にただ一人の女子として入部し、1年生時にチーム最年少でアイスホッケー女子日本代表に選出された。2年次の2004年にも女子日本代表候補合宿に呼ばれている。 トリノオリンピック最終予選ではMVPに選ばれている。早稲田大学進学後はSEIBUプリンセス ラビッツでプレーした。大学卒業後はスイスのZSCライオンズでプレーしている。
村上 裕幸(むらかみ ひろゆき、1971年1月14日-)は、… 村上 裕幸(むらかみ ひろゆき、1971年1月14日-)は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手、監督。現役時代のポジションはセンターフォワード。血液型はO型。身長183cm。 小学校3年生よりクラブチームにてアイスホッケーを始める。 高校は北海道苫小牧東高等学校へ進学し、1年生からアイスホッケー部の主力選手として活躍し、主将も務めた。高校3年生の1989年にはU20日本代表に選出され、以後3年連続アイスホッケーU20世界選手権に出場した。 明治大学へ進学後は本格的に頭角を現し、関東大学リーグ得点王やMVP等数多くの賞を受賞した。2、4年生時にはユニバーシアード日本代表に選出され活躍した。主将を務めていた4年生時には、全日本選手権において日本リーグ(現アジアリーグ)の雪印を撃破する歴史的な試合も経験している。
桝川 浩司(ますかわ こうじ 1969年9月23日 - )は… 桝川 浩司(ますかわ こうじ 1969年9月23日 - )は、日本の元アイスホッケー選手。フォワード。右利き。 苫小牧市立明倫中学校、北海道苫小牧東高等学校から早稲田大学に進学、同期の小堀恭之、荒沢義寛と三羽烏と呼ばれ、3年次には24シーズンぶりにインカレを制した。大学卒業後は、王子製紙アイスホッケー部に入り活躍した。 アイスホッケー日本代表にも1996年2月、1997年6月、長野オリンピック代表候補、長野カップ2004などで選ばれている。 2005年、王子製紙を退団、2006年にヨコハマ ゴールデングリフィンズに入団している。
岩崎 伸一(いわさき しんいち、1968年8月21日 - )… 岩崎 伸一(いわさき しんいち、1968年8月21日 - )は、北海道栗山町出身の元アイスホッケー選手、監督。ポジションはゴールテンダー。178cm、85kg。 苫小牧市立沼ノ端中学校、苫小牧東高校から明治大学に進学、ユニバーシアードに2度出場した。1991年に国土計画(後にコクド)入社。正ゴーリーの座を射止めタイトル獲得に貢献。日本アイスホッケーリーグ3連覇、全日本アイスホッケー選手権3連覇に貢献した。 日本代表でも10年間活躍、長野オリンピックなどに出場した。 コクドが西武鉄道アイスホッケー部と合併したのに伴い、2003年引退。新生コクドでコーチとなる。 2005年、監督に就任。
河渕 務(かわぶち つとむ、1925年5月16日 - 201… 河渕 務(かわぶち つとむ、1925年5月16日 - 2014年1月19日)は、日本のアイスホッケー選手、指導者。 日本女子アイスホッケーの父と呼ばれた。 北海道苫小牧市出身。1938年に旧制苫小牧中学校(現北海道苫小牧東高等学校)に入学してからアイスホッケーを始めた。立教大学に進学した後、1945年に中退し応召されて樺太に行った。復員した後、1947年に岩倉組に入社、アイスホッケー部の選手として、1954年の第7回国体、1957年の全日本アイスホッケー選手権で優勝、1959年に監督に就任した。 アイスホッケー日本代表の監督を務め、1960年の世界選手権Bプールで優勝、1964年インスブルックオリンピックの監督も務めた。