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松山 晋也(まつやま しんや、2000年6月23日 - )は… 松山 晋也(まつやま しんや、2000年6月23日 - )は、青森県上北郡天間林村(現:七戸町)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 育成ドラフトで入団した選手として初めての最多セーブ受賞者。1シーズン46セーブのセ・リーグタイ記録保持者。 七戸町立天間西小学校2年時に天間西ジャイアンツで野球を始め、七戸町立天間舘中学校では軟式野球部に所属していた。 八戸学院野辺地西高等学校では、3年時夏の青森県大会2回戦で堀田賢慎擁する青森山田高等学校に対し、3回途中3失点で降板するなど目立った活躍はなく、甲子園出場歴もない。2学年上に中道佑哉がいる。 八戸学院大学ではリーグ戦デビューが3年時秋と遅く、4年時春もリリーフで4試合に登板したのみだったが、4年時秋の対岩手大学2戦目ではリリーフ登板し6回2/3を投げて11奪三振を記録するなど、ドラフト会議直前に頭角を表した。
中道 佑哉(なかみち ゆうや、1998年9月4日 - )は、… 中道 佑哉(なかみち ゆうや、1998年9月4日 - )は、青森県十和田市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 小学校では軟式野球クラブの「十和田北園クラブ」に所属。十和田市立三本木中学校では同校の軟式野球部に所属し、3年生時に東北大会に進出する。 八戸学院野辺地西高等学校2年生の秋に、八戸学院大学硬式野球部の正村公弘監督から当時オーバースローだった投球フォームから腕を下げる様にアドバイスされ、それによりコントロールが良くなり球速も上がったことで、野球に対する情熱を取り戻し、大学でも野球を続けることを志す。 八戸学院大学に進学し、1年の春季リーグよりベンチ入りを果たす。
小林 大誠(こばやし だいせい、1994年1月15日 - )… 小林 大誠(こばやし だいせい、1994年1月15日 - )は、青森県平川市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 5歳から野球を始める。平賀西中学校では「弘前シニア」でプレーした。野辺地西高校では3年時に故障したエースに代わって背番号「2」ながらも投手を務めた。夏の青森大会では6試合全てにおいて完投し、決勝で姉妹校の光星学院に敗れたものの準優勝に大きく貢献した。 2013年のBCリーグドラフトによって富山サンダーバーズに指名され入団。2013年、2014年は打撃面において結果が残せず、出場機会にも恵まれなかった。2014年シーズン終了後、選手分配ドラフトによって新球団である武蔵ヒートベアーズに移籍。