スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
瀬川 設男(せがわ せつお、1968年6月16日 - )は、… 瀬川 設男(せがわ せつお、1968年6月16日 - )は、日本の元プロボクサー。岩手県下閉伊郡山田町出身。1988年ソウルオリンピックフライ級日本代表。第55代日本バンタム級。第25代日本スーパーバンタム級王者。ヨネクラボクシングジム所属。岩手県立宮古水産高等学校、拓殖大学卒業。プロデビュー後1998年までのリングネームは川益 設男(かわます - )。兄の正義はロサンゼルスオリンピックのボクシング日本代表。 世界を狙える器と言われ続けたが、リング禍による対戦相手の死亡や交通事故に阻まれ最後まで世界戦を行うことができなかった。 大学時代の1988年ソウルオリンピックや1989年世界選手権にフライ級代表として出場し、2戦目で敗れた。
友利 勝良(ともり かつよし、1954年10月25日 - )… 友利 勝良(ともり かつよし、1954年10月25日 - )は、沖縄県平良市(現・宮古島市)出身のプロゴルファー。サニクリーン所属。 日本人プロゴルファーとして、初めてヨーロッパ・ゴルフツアーに4年間フル参戦した選手である。 日本ゴルフツアー通算7勝。 宮古水産高校卒業後、オイルショックのため就職することが出来ないまま、故郷の宮古島から本島に渡る。親戚の手伝いなどアルバイトで暮らしていたが、20歳の時にゴルフ練習場でボール拾いのアルバイトを始める。 毎日17時から22時までで、初めの3ヶ月は仕事を覚えるのが大変でアルバイトだけしていたが、慣れてくると深夜から朝まで飲んでは昼に眠り、夕方、仕事に行くようになる。
鈴木 善幸(すずき ぜんこう、1911年〈明治44年〉1月1… 鈴木 善幸(すずき ぜんこう、1911年〈明治44年〉1月11日 - 2004年〈平成16年〉7月19日)は、日本の政治家。位階は正二位。勲等は大勲位。 郵政大臣(第15代)、内閣官房長官(第26代)、厚生大臣(第42代)、自由民主党総務会長(第15・17・23代)、農林大臣(第48代)、自由民主党総裁(第10代)、内閣総理大臣(第70代)などを歴任した。 岩手県下閉伊郡山田町で、アワビ、スルメ漁、水産加工業を営む網元の家に生まれた。鈴木家は屋号「黒米屋」と呼ばれる米屋も兼ねていた。父の善五郎は日露戦争に従軍した際の戦傷で漁に出られなくなったこともあり、男手の無かった妻・ヒサの実家の商売を切り盛りしていた。
丹羽 五郎(にわ ごろう、1890年(明治23年)7月28日… 丹羽 五郎(にわ ごろう、1890年(明治23年)7月28日 - 1958年(昭和33年)11月29日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。参議院議員(1期)。 三重県飯高郡(現松阪市)で丹羽雨斉の五男として生まれる。岩手水産学校(現岩手県立宮古水産高等学校)漁撈科を修了。漁撈の研究を行う。 1915年(大正4年)丹羽船舶漁業部を開設。1919年(大正8年)大阪海事を設立し取締役社長に就任。その他、泰和洋行船舶部長、東明銀行取締役、日本索道常務取締役、丹羽船舶部社長、大阪機帆船海運組合理事、日本海獣取締役、大阪機帆船運送取締役、日本近海汽船取締役、日本海運協会小型船委員会委員、丸三商店取締役、尼崎船渠社長、中央産業社長、海上交通社(大阪)社長、近畿造船連合会副会長などを務めた。
金澤 弘和(かなざわ ひろかず) 1931年(昭和6年)5月… 金澤 弘和(かなざわ ひろかず) 1931年(昭和6年)5月3日 ー 2019年(令和元年)12月8日(88歳没)。 岩手県出身の空手家。 國際松濤館空手道連盟宗家・最高師範(十段)。 船越義珍、中山正敏らに松濤館流空手道を学ぶ。古くから海外で空手の指導を行い世界中に空手を広めた功労者の一人とされる。 海外では「センセイ・カナザワ」として知られる達人。 岩手県下閉伊郡岩泉町小本の網元の8人兄弟(7男1女)の6番目(5男)として生まれる。 家業の関係で進学した岩手県立宮古水産高校から日本大学農獣医学部水産学科へ入学するも、空手を学ぶために当時、空手強豪校として知られた拓殖大学商学部へ編入学し空手部(副将)に籍を置き、船越義珍や中山正敏らに空手を学ぶ。