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小山修作(おやま しゅうさく、1957年8月14日 - )は… 小山修作(おやま しゅうさく、1957年8月14日 - )は、日本の政治家。宮城県川崎町長(3期)、元川崎町議会議員(2期)。 1957年(昭和32年)8月14日に川崎町に生まれた。川崎町立本砂金小学校、秋保町立秋保中学校(現・仙台市立秋保中学校)を卒業。 宮城工業高等専門学校を中退し、宮城県農業高等学校秋保分校を卒業。東北学院大学経済学部(夜間部)に進み、卒業。 川崎町青年団団長を務めた。 2004年の川崎町議会議員選挙に出馬し、690票を獲得し、初当選。得票率は2番目だった。2008年の町議会議員選挙に出馬し、得票率2番目の583票で当選、町議会議員を2期務めた。 川崎町長の任期満了に伴って2011年8月に行われた町長選挙に町議を辞職して立候補し、3,532票を獲得、出馬した前町長佐藤昭光に約400票差を付け、54歳で町長に当選した。
櫻井 公一(さくらい こういち、1949年(昭和24年)11… 櫻井 公一(さくらい こういち、1949年(昭和24年)11月26日 - )は、日本の政治家。宮城県宮城郡松島町長(3期)。全国町村会副会長、宮城県町村会会長などを務めている。 宮城県宮城郡松島町に生まれる。松島町立第三小学校、松島町立松島中学校を卒業後、宮城県農業高等学校に入学する。1982年(昭和57年)に会社を設立し、1994年(平成6年)に代表取締役社長、2012年(平成24年)には会長に就任した。 また、1997年(平成9年)12月に行われた松島町議会議員選挙に出馬し初当選、以後5期にわたり町議会議員を務め、4期目となる2009年(平成21年)12月15日からは松島町議会議長を務めた。
跡部 昌洋(あとべ まさひろ、1948年12月13日 - )… 跡部 昌洋(あとべ まさひろ、1948年12月13日 - )は、日本の政治家。宮城県黒川郡大衡村村長(5期)、同村議会議員(2期)を歴任した。 祖父と父親も村長をやっていた政治家一家。 企業の誘致に取り組んでおり、2011年にトヨタ自動車グループの小型車生産会社「セントラル自動車」の本社工場の移転に成功している。 2011年9月に大衡村の水道事業担当の元職員による公金着服事件が発覚。2012年6月に元職員は懲戒免職となり、2013年3月に詐欺などで逮捕、起訴。2013年5月に仙台地裁は、都市整備課主査だった元職員は2011年2〜3月に「給水承認通知書」と「水道加入金等請求書」を偽造して村内にアパートを建設する業者から計約415万円をだまし取った詐欺などの罪で懲役2年、執行猶予4年の判決を言い渡した。
今野 東(こんの あずま、本名:今野 東吾(こんの とうご)… 今野 東(こんの あずま、本名:今野 東吾(こんの とうご)、1947年12月17日 - 2013年4月24日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、参議院議員(1期)、復興副大臣兼内閣府副大臣(野田第3次改造内閣)などを歴任。位階は従四位。 宮城県塩竈市出身。宮城県農業高等学校、明治学院大学社会学部第二部社会学科を卒業。 東北放送の関連会社でアナウンス業務を務めた後、フリーアナウンサーに転向。東日本放送の『トーホク独立TV』や仙台放送の『CATCH』のキャスター等を務めた。1997年には「東方落語」を発足させ、家元として活動。 1992年6月、エスエル出版より小説『相澤村れんげ条例』を出版し、日本文芸大賞現代文学新人賞受賞。
岩持 静麻(いわもち しずま、1919年(大正8年)2月25… 岩持 静麻(いわもち しずま、1919年(大正8年)2月25日 - 2005年(平成17年)11月9日)は、日本の政治家。全国農業協同組合中央会(JA全中第六代)会長。岩手県議会議員(5期)。1989年(平成元年)勲二等旭日重光章受賞。旧姓沼倉。 岩手県西磐井郡萩荘村(現・一関市)に生まれる。3歳の時に父を事故で失い、以後、母は女手一つで7人の子供を育てる。1933年(昭和8年)市野々尋常高等小学校卒。1937年(昭和12年)宮城県農学校(現・宮城県農業高等学校)入学。1941年(昭和16年)同校卒業。同年官立盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)入学。1943年(昭和18年)同校卒業。同年農林省(現・農林水産省)に入り、農政局農業保険課に勤務する。
神田 正雄(かんだ まさお、1879年(明治12年)3月18… 神田 正雄(かんだ まさお、1879年(明治12年)3月18日 - 1961年(昭和36年)8月2日)は、日本の衆議院議員(憲政会→立憲民政党)、ジャーナリスト。 栃木県那須郡芦野町(現在の那須町)出身。交代寄合旗本芦野家の家老の家に生まれる。父に芦野宿戸長・大田原宿戸長を歴任した神田貞、兄に経済学者の神田孝一がいる。 宮城農学校を経て、1901年(明治34年)に東京専門学校政治経済科(現在の早稲田大学)を卒業。同年、清国四川省学堂に教育顧問兼教習として招聘され、地理教科書を著した。1905年(明治38年)、アメリカ合衆国のコロンビア大学に留学し、さらにイギリスのオックスフォード大学にも留学した。
細梅 三郎(ほそめ さぶろう、1874年(明治7年)8月18… 細梅 三郎(ほそめ さぶろう、1874年(明治7年)8月18日 - 1951年(昭和26年)7月31日)は、明治から昭和期の農業経営者、政治家。衆議院議員、山形県北村山郡楯岡町長。ブラジル移民としてサンパウロ州に渡り同地で没した。 山形県村山郡楯岡村(北村山郡楯岡村、楯岡町を経て現村山市楯岡)で、細梅勘六、タニの長男として生れた。1900年(明治33年)1月、家督を相続した。同年、宮城農学校(現宮城県農業高等学校)農科を卒業し、1903年(明治36年)7月、早稲田大学政治経済科を卒業した。農業を営む。 1903年、北村山郡会議員に選出され同議長も務めた。1905年(明治38年)楯岡町長に就任。1907年(明治40年)9月、山形県会議員に選出され、1911年(明治44年)9月まで1期在任した。
西沢 定吉(にしざわ さだきち、明治4年11月4日(1871… 西沢 定吉(にしざわ さだきち、明治4年11月4日(1871年12月15日) - 昭和16年(1941年)9月24日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、天童町長。 山形県西村山郡大谷村(現在の朝日町)出身。1890年(明治23年)、宮城農学校(現在の宮城県農業高等学校)を卒業。翌年、専修学校(現在の専修大学)理財科に入学し、1893年(明治26年)に卒業した。 1900年(明治33年)より郡農会議員・県農会議員を務め、1903年(明治36年)には県会議員・東村山郡会議員に選出された。 1908年(明治41年)、第10回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。4期務めた(第10回、第14回、第15回、第17回)。
佐藤 亀八郎(さとう かめはちろう、1871年11月20日(… 佐藤 亀八郎(さとう かめはちろう、1871年11月20日(明治4年10月8日) - 1936年(昭和11年)7月15日)は、日本の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員、宮城県農工銀行頭取、宮城県販売購買組合理事長。 仙台県名取郡柳生村(宮城県名取郡中田村を経て現仙台市太白区柳生)で、素封家・佐藤惣十郎の長男として生まれる。1889年(明治22年)宮城農学校、1896年(明治29年)和仏法律学校(現法政大学)を卒業。1903年(明治36年)に家督を相続し、同年、宮城県会議員(-1927年(昭和2年))に当選する。その他、中田村会議員、宮城県農会長、同県産米改良協会会頭、帝国農会議員、仙台商業会議所常議員などを務めた。
盧 元善(ろ げんぜん)は、中華民国、満州国の政治家。満州国… 盧 元善(ろ げんぜん)は、中華民国、満州国の政治家。満州国では文教部大臣などを務めた。 日本に留学し、1912年(民国元年)、宮城県立宮城農学校を卒業した。帰国後は、金州南金書院の農業科教員となっている。1923年(民国12年)、金州農業学堂が成立すると、その教員になった。また、通遼県墾殖公司経理もつとめている。 満州国が成立するとこれに参加し、1932年(民国21年)4月に軍政部高級秘書に任ぜられた。後に黒竜江に赴任し、実業庁庁長、民生庁庁長、教育庁庁長、専売総局長を歴任している。1939年(康徳6年)4月、三江省省長に任ぜられる。1942年(康徳9年)9月、総務庁次長に起用された。1943年(康徳10年)4月、文教部大臣に昇進している。