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佐藤 正一郎(さとう しょういちろう、1953年2月25日 … 佐藤 正一郎(さとう しょういちろう、1953年2月25日 - )は、日本の政治家。秋田県議会議員(4期)、元羽後町長(3期)、元羽後町議会議員(3期)。秋田県羽後町出身。秋田県立大曲農業高等学校卒業。 27歳で羽後町議会議員選挙に立候補し、初当選(3期11年)。三度目の町長選出馬となった42歳で、羽後町長に就任。 3期にわたって町長を務め、地域活性化や財政再建に積極的に取り組んだ。秋田県知事選挙に2度立候補するがいずれも落選(町長の3期目は知事選出馬のため途中辞職)。 2013年に行われた、秋田県議会議員の湯沢市・雄勝郡選挙区の補欠選挙に出馬し、初当選。2015年、2019年の本選挙では無投票で再選、2023年の選挙で最多得票で再選され、現在4期目となる。
御法川 英文(みのりかわ ひでふみ、1936年4月3日 - … 御法川 英文(みのりかわ ひでふみ、1936年4月3日 - 2003年4月24日)は、日本の政治家。自由民主党衆議院議員を4期務めた。秋田県仙北郡田沢湖町(現・仙北市)出身。秋田県立大曲農業高等学校を経て明治大学政治経済学部卒業。衆議院議員・御法川信英は長男。 自由民主党職員を経て、1975年に仙北郡選挙区から秋田県議会議員に初当選。3期務めた後、衆議院議員選挙に立候補。2度目の立候補となる1990年の第39回衆議院議員総選挙で初当選。1996年の総選挙以降は、自民党の村岡兼造衆議院議員とコスタリカ方式で比例区と小選挙区から2回おきに交互に立候補することで合意し、中選挙区(旧秋田2区)時代2期、比例選出2期を含め連続4期当選。
伊藤 功(いとう いさお、1919年〈大正8年〉6月16日 … 伊藤 功(いとう いさお、1919年〈大正8年〉6月16日 - 2015年〈平成27年〉9月28日)は、昭和から平成時代の政治家。秋田県大曲市長。旧姓は杉山。位階は正六位。 大曲市(現・大仙市)出身。1937年(昭和12年)3月、秋田県立大曲農業学校卒業。同年4月から樺太庁に入り、殖産部林業課に勤務する。 1949年(昭和24年)角間川町役場に奉職し、1955年(昭和30年)合併により大曲市となる。大曲市財政課長、総務課長、1974年(昭和49年)収入役、1976年(昭和51年)助役を経て、1979年(昭和54年)大曲市長に当選。同年10月21日に就任した。2期務め、1987年(昭和62年)引退した。
根本 龍太郎(ねもと りゅうたろう、1907年5月25日 -… 根本 龍太郎(ねもと りゅうたろう、1907年5月25日 - 1990年3月19日)は、昭和期の日本の政治家。位階は正三位、勲一等旭日大綬章。 自由民主党衆議院議員。秋田県大曲市(現在の大仙市)出身。 秋田県立秋田農業学校(現秋田県立大曲農業高等学校)を経て、1932年京都帝国大学農学部農林経済学科卒業。満州国に渡り、役人を経て、建国大学の助教授を務めた。終戦で日本に引き上げ、1947年の第23回衆議院議員総選挙に旧秋田2区から秋田県民主党より立候補し当選する(当選同期に鈴木善幸・中曽根康弘・中山マサ・松野頼三・倉石忠雄・石田博英・園田直・櫻内義雄・中村寅太など)。 その後民主党に所属するが、炭鉱国管問題に反対し田中角栄、幣原喜重郎、原健三郎、佐々木秀世らと民主党を脱党し、吉田茂の自由党に入党する。