スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
鈴木 陽成(すずき ひなせ、2004年12月22日 - )は… 鈴木 陽成(すずき ひなせ、2004年12月22日 - )は、秋田県秋田市出身のプロサッカー選手。東北社会人サッカーリーグ・福島ユナイテッドFCセカンド所属。ポジションはミッドフィールダー。 切れ味抜群のドリブルが持ち味のサイドハーフ。 ブラウブリッツ秋田U-18在籍中の2022年、2種登録選手としてトップチームに登録された。6月1日、天皇杯2回戦の東京ヴェルディ戦で途中出場し、同じくU-18所属の佐藤旺雅、大友侑也、岸部倖と共にトップチームデビューを果たした。2023年トップチームに昇格、トラップの位置や足首の向きなど、細かい部分の精度にアマチュアとの差を感じている。2023年2月1日の新潟との練習試合でアシストを記録して勝利し、他のトレーニングマッチでは1ゴールした。
船川 琢之介(ふなかわ たくのすけ、1996年8月11日 -… 船川 琢之介(ふなかわ たくのすけ、1996年8月11日 - )は、秋田県秋田市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。東北社会人サッカーリーグ・ブランデュー弘前FC所属 秋田商業高校から2015年にブラウブリッツ秋田に入団した。高卒選手としての加入はクラブ史上初であった。 2017年、北信越フットボールリーグ1部のアルティスタ東御に期限付き移籍。2018年1月、ブラウブリッツ秋田、アルティスタ東御ともに契約満了を発表。 2018年2月、高知ユナイテッドSCへの移籍が発表された。 2020年をもって高知ユナイテッドSCを退団。 2021年、東北社会人サッカーリーグ1部のブランデュー弘前FCに移籍。
斎藤 純平(さいとう じゅんぺい、1992年12月27日 -… 斎藤 純平(さいとう じゅんぺい、1992年12月27日 - )は、秋田県出身のサッカー選手。ポジションはMF。 秋田商業高校から駒澤大学を経て、2015年にブラウブリッツ秋田に加入。 2015年シーズン限りで、契約満了となった。 2016年からは、秋田FCカンビアーレでプレー。
下田 光平(しもだ こうへい、1989年4月8日 - )は、… 下田 光平(しもだ こうへい、1989年4月8日 - )は、秋田県秋田市仁井田出身の元サッカー選手。ポジションは主にミッドフィールダー(MF)。 小学校3年生時に 地元・秋田のスポーツ少年団でサッカーを始め、中学生時に所属したFCあきたでボランチに転向。3年生時に高円宮杯全国大会に出場。秋田商高在学時には、恵まれた体格に身体能力と当たりの強さを備え、ダイナミックなプレーぶりから「みちのくの稲本」と呼ばれていた。 2008年、名古屋などとの争奪を経てFC東京へ入団。入団会見では「目標とする選手は今野泰幸」とコメント。同年の公式戦出場機会は掴めなかったが、サテライトや練習試合ではチームのレギュラー選手相手に、守備から攻撃の第一歩となるプレーが通用する所を見せた。
熊谷 智哉(くまがい ともや、1988年3月25日 - )は… 熊谷 智哉(くまがい ともや、1988年3月25日 - )は、秋田県出身のサッカー選手。ポジションはFW。
加賀 健一(かが けんいち、1983年9月30日 - )は、… 加賀 健一(かが けんいち、1983年9月30日 - )は、秋田県南秋田郡天王町(現:潟上市)出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー(本職はセンターバック(CB))。 10歳の時にサッカーを始める。1999年、秋田商業高校に進学。高校2年生の時にFWからDFにコンバートされた。当時はもっぱら3バックの中央を務め、1対1の強さと攻撃参加を売りにしていた。 2002年にジュビロ磐田に入団。サテライトではスピードを活かし右のストッパーとして活躍していたが、トップチームで同ポジションを務めていた鈴木秀人からポジションを奪うことができなかった。 出場機会を求めて、2005年よりコンサドーレ札幌へと期限付き移籍。
山内 友喜(やまうち ゆうき、1982年5月10日 - )は… 山内 友喜(やまうち ゆうき、1982年5月10日 - )は、秋田県出身の元プロサッカー選手。 センターバック、サイドバック、ボランチをこなせる守備のユーティリティープレイヤーとして期待されたが、トップチームでの出場はなかった。
清野 智秋(せいの ともあき、1981年9月29日 - )は… 清野 智秋(せいの ともあき、1981年9月29日 - )は、新潟県阿賀野市(旧水原町)出身の元サッカー選手である。 水原町立水原中学校卒業後、秋田市立秋田商業高等学校に単身スポーツ留学。高校時代からコンビを組んでいたMF熊林親吾と共に、2000年にジュビロ磐田へ入団。 2002年6月、生活規範に問題(多重債務による金銭問題)があると判断され、磐田から解雇される。11月からは東海リーグ1部の静岡FCに入団し、2003年は11ゴールでリーグ得点王となる。2004年、コンサドーレ札幌に移籍。2005年にはチーム一といわれたシュート技術で11月19日の京都パープルサンガ戦でハットトリックを決めるなど、チーム2位の10得点を叩き出した。
熊林 親吾(くまばやし しんご、1981年6月23日 - )… 熊林 親吾(くまばやし しんご、1981年6月23日 - )は、秋田県出身(北海道旭川市生まれ)の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィルダー。 秋田市立秋田商業高等学校では同級生に清野智秋がおり、3年連続インターハイ・全国高校サッカー選手権に出場。全国高校サッカー選手権おいては3年ともにベスト16という成績を収めた。卒業後は清野と共にジュビロ磐田へ入団。 磐田では出場機会は得られなかったが、2002年に期限付き移籍をした湘南ベルマーレでは定位置を確保し、2004年には完全移籍に移行する。 その後数々のクラブを渡り歩き、2008年に加入したザスパ草津時代には2011年10月26日の対横浜FC戦で、J1・J2通算300試合出場、2012年3月10日の対湘南ベルマーレ戦でJ2通算300試合出場を達成。
足利 道夫(あしかが みちお、1950年5月22日 - )は… 足利 道夫(あしかが みちお、1950年5月22日 - )は、日本の元サッカー選手。秋田県河辺郡(現秋田市河辺)出身。 三菱重工などに所属し、日本代表としてもミュンヘンオリンピック予選など、国際Aマッチ7試合に出場した。
平沢 周策(ひらさわ しゅうさく、1949年3月5日 - )… 平沢 周策(ひらさわ しゅうさく、1949年3月5日 - )は、秋田県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW、MF。 秋田商業高等学校3年次の高校選手権決勝で藤枝東高等学校と引き分け同時優勝、関東以北に初めて優勝旗を持ち帰った。 卒業後の1967年に日本サッカーリーグの日立製作所に入部。「走る日立」の異名で呼ばれた同サッカー部の中心選手として1960年代後半から70年代を通じて活躍した。また日本代表としても1974年のアジア競技大会を始め、国際Aマッチ11試合出場1得点を記録した。大相撲力士の春日錦は娘婿にあたる。