スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
橋本 伸広(はしもと のぶひろ、1977年10月2日 - )… 橋本 伸広(はしもと のぶひろ、1977年10月2日 - )は、山形県出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。194cm、96kg。 置賜農業高校卒業後、地元のクラブチームを経て、2004年に新潟アルビレックスBB入団。 2005年のbjリーグ発足の際にはプロテクトされたが、シーズン終了後に自由契約となる。 その後クラブチームに戻り、2年連続で国体に出場した。
黒澤 信彦(くろさわ のぶひこ、1964年11月16日 - … 黒澤 信彦(くろさわ のぶひこ、1964年11月16日 - )は、日本の篤農家。農業生産法人株式会社黒澤ファーム代表取締役。『やまがた有機 農業の匠』。山形県農業法人協会理事。南陽市体育協会理事。おきたま七福会メンバー。家訓である「生きている土作りと息づく稲作り」を信条として、夕鶴郷米の地域ブランド化に尽力している。 1958年11月16日、山形県南陽市池黒の戦国時代(永禄4年:1561年 - )から、500年続く農家の21代目に生まれる。山形県立置賜農業高等学校を卒業。航空自衛隊入間基地に入隊。 1986年に就農。1995年、「こめ工房南陽アスク」(青木・鈴木・黒澤の頭文字)を結成。1998年、低温倉庫を建設。
寒河江 善秋(さがえ ぜんしゅう、1920年 - 1977年… 寒河江 善秋(さがえ ぜんしゅう、1920年 - 1977年)は、日本の社会活動家、作家。 山形県東置賜郡吉島村(現・川西町)生まれ。置賜農学校を卒業。18歳で満州拓殖公社に入社。訓練局訓練課に勤務し満蒙開拓青少年義勇軍の訓練等に従事した。太平洋戦争開戦に伴い1941年に軍属となり、愛知県豊橋市陸軍予備士官学校を経て、少尉としてハルマヘラで従軍し、当地で終戦を迎えた。1946年復員。 戦後、生地の吉島村にもどり、1947年に吉島村の青年団長となった。翌1948年にGHQの教育改革部門であるCIEが日本の教育指導者を対象として開催していたIFEL(The Institute for EducationalLeadership)講習会に参加し、グループワーク理論を学び、さらに満州での開拓経験を基に、1951年(昭和26年)深刻化していた農村の二・三男の失業対策として、かつ戦後の国土を青年の手で復興させるため、山形県産業開発青年隊運動を開始した。