スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
佐久間 拓斗(さくま たくと、2003年7月17日 - )は… 佐久間 拓斗(さくま たくと、2003年7月17日 - )は、福島県田村市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学2年生から「船引スポーツ少年団」で軟式野球を始め、田村市立船引中学校では同校の軟式野球部に所属した。 高校は福島県立田村高校に進学、2年生の秋には正捕手となった。甲子園の出場はなく、3年生の夏の第103回全国高等学校野球選手権福島大会において4番・捕手として出場するも、3回戦で敗退した。 2021年10月11日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成選手ドラフト8巡目指名され、同月24日、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月11日、PayPayドームで開催された「ファンフェスティバル2021」の中で入団発表会見が行われた。
村上 真哉(むらかみ しんや、1976年3月27日 - )は… 村上 真哉(むらかみ しんや、1976年3月27日 - )は、福島県田村郡三春町出身の元プロ野球選手(投手)。現在は北海道日本ハムファイターズベースボールアカデミーの講師として活動している。 田村高では2年春に控え投手として県大会優勝、東北大会でも登板した。社会人野球のヨークベニマルでは公式戦で郡山市長杯で1回1/3を投げたのみ。1996年のドラフト会議にて日本ハムファイターズから6位指名を受け入団。 社会人時代も公式戦での登板は僅か。プロでは、故障のため一、二軍とも登板すること無く1998年に引退。
矢部 祐一(やべ ゆういち、1946年8月24日 - 201… 矢部 祐一(やべ ゆういち、1946年8月24日 - 2011年4月3日)は、福島県出身の元プロ野球選手(内野手)。 田村高校では投手で四番打者。1964年夏の甲子園県予選を勝ち抜き、東北大会準決勝に進出するが、加藤俊夫らがいた仙台育英に敗退。 高校卒業後はオール常磐(旧常磐炭鉱)に進み、バッティングを買われ三塁手に転向した。1966年の都市対抗で準々決勝に進出するが、日本石油の平松政次に抑えられ敗退。1968年の都市対抗では、富士鉄釜石に補強されて出場した。ノンプロでの通算成績は37試合、144打数48安打、打率.333、10本塁打。チームメートに阿部良男がいた。 1967年のドラフト会議で南海ホークスから7位指名を受けるが拒否。
鈴木 隆(すずき たかし、1933年9月22日 - 2024… 鈴木 隆(すずき たかし、1933年9月22日 - 2024年5月31日)は、福島県田村郡三春町出身のプロ野球選手(投手)・コーチ、解説者。 田村高卒業後は中央大学に進学し、伊藤芳明・穴吹義雄と同期になり、投手と外野手の2役をこなす。東都大学リーグでは1953年春季に優勝を飾り、同年の大学全日本選手権は決勝で立大に敗れて準優勝に終わる。 大学卒業後は川崎トキコに入社し、チームメイトに久保吾一(国鉄)がいた。社会人時代から評判の左腕で、1956年から日本コロムビアの補強選手として都市対抗に2年連続出場。 1957年秋にデトロイトで行われた第3回アマチュア世界野球大会に日本代表として参加し、4試合連続リリーフで優勝に導くと共に大会MVPを獲得すると、メジャー球団のスカウトからも注目を浴びる。